2008年4月4日金曜日

トゥルク市と産官学連携の概要

 フィンランドで最も古い町であるトゥルクは,1812年ヘルシンキに首都が移るまで,首都であった都市である.現在もトゥルク・ポリ県の県都であり,フィンランドの西部最大の都市である.1640年に、トゥルク大学が建設されたが,首都の移転に伴い,この大学は現在のヘルシンキ大学となっている.現在は1920年に設立されたトゥルク大学,フィンランドにおける唯一のスウェーデン語系大学であるオーボ大学,トゥルク経済大学の3つの大学とトゥルク・ポリテクニーク(高等職業訓練学校)を擁する.

 人口16万2000人のフィンランド第4の都市は,サイエンスパークの建設こそ,2001年とその歴史は浅いが,3つの大学で学ぶ25000人の学生と600人の教授陣を背景に,バイオとITに特化したサイエンスパークの構築・運営を推し進めている.

 フィンランドはNokiaに代表されるようにIT技術の開発において,国際的にも非常に良く知られた存在であるが,「バイオ関係も強く、バイオテクノロジーの会社は100社を超え、ヨーロッパ全体の10%を占めています。その強さの源は、バイオ技術に関する産学連携にあります。ヘルシンキ、トゥルク、クオピオ、オウル、タンペレの諸都市にバイオテクノロジー関連の研究施設と会社が集中しています」(TEKES,NeoBio ノベル・バイオテクノロジー 2001-2005).

 同地域における3つの大学は地域の様々なアクターとの相互作用を深化させるため,二つのキーエリアで協働している.

 一つ目はバイオ分野で,二つの大学が共同で「傘」のようなものを作り上げた.この「傘」がBioCity-Turkuである.この傘の下にScientific
leader boardと呼ばれる科学者組織があるが,これは通常の大学機関からは切り離された存在となっている.

 トゥルクのシステムはフィンランドのほかのバイオテクノロジーセンターとは異なっている.他の地域のバイオテクノロジーセンターは大学から独立しており,良い研究プログラムをピックアップして,大学から切り離し,別の研究センターに移転させようとする.

 しかし,トゥルクではそのように研究者間に壁を作ったのでは科学は進歩しないと考えている.オープンなコミュニティーを作り,そこに所属することを望む人を積極的に呼び込まなければらないというアイデアの下,サイエンスパークを中心とした研究開発活動が行われている.

 二つ目のキーエリアはICTである.バイオとICT,自然科学を結ぶ技術的なプラットフォームを整備し,重点テーマである医薬品開発,診察技術,バイオマテリアルと機能性食品を臨床研究へと結び付けていくために,ICTについても独立したユニットを作っている. TUCSはこの目的のために3大学が共同で設立した学科であり,サロにも修士課程のコースをもち,ポリテクニークや企業との共同研究所を設置,バイオインフォマのためのインターフェースやメディアについての研究が行われている.

 トゥルク地域には60のバイオ関連企業,すなわちフィンランドのバイオ企業の約半分が集積しているが,フィンランド南西部のバイオ分野のインカム自体は5億ユーロほどに留まっている.100人を超える教授がおり,毎年約80の博士が誕生している.3700人の大学生と500人のポリテクニクの学生がいるのだが,インカムの面ではICTクラスターの方が大きい.これはトゥルク近郊のサロにノキアの研究機関が立地しているからだ.

 しかし,クラスターとしてみるとICTはそれほど強い状態には無い.30人ほどの研究者がおり,毎年25人程度の博士を輩出するのみである.しかし,企業数で言えば100を超えるICT企業がこの地域にある.つまり,バイオクラスターはよりアカデミックであり,ICTクラスターはビジネス寄りであるといえる.

 これらの二つの分野はタイムスパンが異なる.バイオは長い時間を必要とするのに対してICTの進歩の速度は非常に速い.だから,同じサイエンスパーク内にあってもBioTurkuとICTTurkuのようにそれぞれを専門とする企業を作る必要があったのだ.

 このようにトゥルクは基本的にフィンランドにおけるバイオメディカル分野の研究開発拠点たるべく,基盤整備を行ってきた.トゥルクにおけるサイエンスパークは短期間に,しかも急速に進んでいる.この10年間で,120の企業が700の新たな雇用を創出しており.サバイバルレートも85%と比較的高い水準にあるが,バイオ分野の特性を勘案すると,サイエンスパークの成否を評価するには時期が早いといえるのではないか.