2008年4月5日土曜日
当研究員の紹介
燈田 順子 (TOHDA Junko) 研究代表者:全体を統括、調査分析
[所属] :羽衣国際大学 産業社会学部 放送・メディア映像学科 教授
他、情報教育システム室長、高等教育研究所研究員など
[主な職歴]: 都市銀行、損害保険会社、大手流通百貨店デベロッパー、
人材プロデュースのベンチャー企業で支店長、
現在、ビジネス・コンサルティング会社を経営
[専門分野] :ビジネス活動全般:マネジメント
(経営、マーケティング戦略、新規事業開発、戦略企画、技術R&D)
天野 圭二 (AMANO Keiji) 連携研究者:調査分析、対外交渉
[所属]: 星城大学 経営学部 経営学科 准教授
[主な職歴]: 立命館大学国際関係学部 助手
[専門分野]: 環境影響評価、環境政策
法雲 俊栄 (NORIKUMO Shunei) 研究協力者:調査分析、Web担当
[所属]: 名城大学 総合研究所 研究員
星城大学 経営学部 非常勤講師 兼任
[専門分野]: 情報科学、経済統計(産業連関分析、意思決定分析・AHP)
■[海外研究協力者]:
Mari Suvanto (トゥルク大学 アドバイザー)=カウンターパート
Raimo Nikkanen (ヘルシンキ芸術デザイン大学 教授)
2008年4月4日金曜日
2007年3月30~7日 フィンランド教育省より来日
来日期間: 2007年3月30~7日
フィンランド教育省より Markku Linna氏 Mari Suvanto氏 が来日されました。
◆先方のプロジェクト趣旨→
【フィンランドのプレゼンスのアジアにおける現状に関する調査】
フィンランド教育省における「フィンランド、アジアと国際協力」プログラムにおいて、アジアに関する知識やアジアとの協力を確立することが、国際化における重点検討項目として強調されている。このプログラムの目的は、芸術や文化の交流や交易において高等教育や研究協力体制を確立することにある。
◇ 北京、上海、東京、ソウルを経て1月6日京都にお見えになりました。
当日は、関西日本フィンランド協会より高林氏に京都大学コンソーシアムや国際マンガミュージアムをご案内いただき、その後、フィンランド協会、京都教育委員会、大阪電通大学、Hagoromoプロジェクト、その他フィンランドに携わる先生、学生様のメンバーにより歓迎の会を催させていただきました。
場所:京都 祇園京料理 花咲 PM7:00
◇ 4月7日~14日 Mari Suvanto氏のご子息様、姪御様が日本へ来日されました。
12日 当日は、星城大学へ訪問していただきe-learningシステム、教員と学生のWeb環境を見学後、フィンランド情報教育における現状について対談。その後、名古屋市内を観光していただきました。
14日 京都、創作中華 一之舟入 PM0:00
左右田先生&Hagoromoプロジェクトメンバーによる歓迎の会
2007年1月8~12日 フィンランドの大学機関より来日
来日期間: 2007日1月8日~12日
Jaakko Suominen教授, University of Turku (Head of Delegation)
Marjo Maenpaa教授, University of Art and Design Helsinki
Anita Seppa,教授 University of Arts and Design
Jari Multisilta,教授 Tampere University of Technology
の4名の先生方が来日されました。
フィンランド大使館、慶応大学、フジテレビへの訪問を終えて、
◇ 10日には、京都に到着され、
京都国際マンガミュージアム、京都精華大学に訪問されてプレゼンをしていただきました。
その後、京都 「高瀬川がんこ二条苑」にて歓迎会
ご参加の方々:
山田浩之先生 KJFS理事 京大名誉教授(経済学)前羽衣国際大学長
左右田健次先生 KJFS会員 京大名誉教授(化学工学)元京都大学化学研究所長
高林素樹様 KJFS理事事務局
山本一樹様 KJFS 日本フィンランド貿易、Nordia
滝本久美子様 KJFS わかさ生活
山本彩子様 KJFS わかさ生活
岩崎歩美様 KJFS奨学留学者OG 同志社大学生
燈田順子先生 羽衣国際大教授
法雲俊邑先生 星城大学教授
山田正人先生 星城大学助教授
天野圭二先生 星城大学講師
法雲 俊栄 名城大学大学院 博士課程
多くの皆様方ご参加いただき有難う御座いました。
その後、十日戎へ 12日には、CGアニメ村 DoGA(鎌田氏)、大阪電通大(上善教授)へ訪問されました。
ご参加いただいた先生方々、また、歓迎していただきました大学その他機関の皆様方、有難う御座いました。 心よりお礼と感謝を申し上げます。
トゥルク市と産官学連携の概要
フィンランドで最も古い町であるトゥルクは,1812年ヘルシンキに首都が移るまで,首都であった都市である.現在もトゥルク・ポリ県の県都であり,フィンランドの西部最大の都市である.1640年に、トゥルク大学が建設されたが,首都の移転に伴い,この大学は現在のヘルシンキ大学となっている.現在は1920年に設立されたトゥルク大学,フィンランドにおける唯一のスウェーデン語系大学であるオーボ大学,トゥルク経済大学の3つの大学とトゥルク・ポリテクニーク(高等職業訓練学校)を擁する.
人口16万2000人のフィンランド第4の都市は,サイエンスパークの建設こそ,2001年とその歴史は浅いが,3つの大学で学ぶ25000人の学生と600人の教授陣を背景に,バイオとITに特化したサイエンスパークの構築・運営を推し進めている.
フィンランドはNokiaに代表されるようにIT技術の開発において,国際的にも非常に良く知られた存在であるが,「バイオ関係も強く、バイオテクノロジーの会社は100社を超え、ヨーロッパ全体の10%を占めています。その強さの源は、バイオ技術に関する産学連携にあります。ヘルシンキ、トゥルク、クオピオ、オウル、タンペレの諸都市にバイオテクノロジー関連の研究施設と会社が集中しています」(TEKES,NeoBio ノベル・バイオテクノロジー 2001-2005).
同地域における3つの大学は地域の様々なアクターとの相互作用を深化させるため,二つのキーエリアで協働している.
一つ目はバイオ分野で,二つの大学が共同で「傘」のようなものを作り上げた.この「傘」がBioCity-Turkuである.この傘の下にScientific
leader boardと呼ばれる科学者組織があるが,これは通常の大学機関からは切り離された存在となっている.
トゥルクのシステムはフィンランドのほかのバイオテクノロジーセンターとは異なっている.他の地域のバイオテクノロジーセンターは大学から独立しており,良い研究プログラムをピックアップして,大学から切り離し,別の研究センターに移転させようとする.
しかし,トゥルクではそのように研究者間に壁を作ったのでは科学は進歩しないと考えている.オープンなコミュニティーを作り,そこに所属することを望む人を積極的に呼び込まなければらないというアイデアの下,サイエンスパークを中心とした研究開発活動が行われている.
二つ目のキーエリアはICTである.バイオとICT,自然科学を結ぶ技術的なプラットフォームを整備し,重点テーマである医薬品開発,診察技術,バイオマテリアルと機能性食品を臨床研究へと結び付けていくために,ICTについても独立したユニットを作っている. TUCSはこの目的のために3大学が共同で設立した学科であり,サロにも修士課程のコースをもち,ポリテクニークや企業との共同研究所を設置,バイオインフォマのためのインターフェースやメディアについての研究が行われている.
トゥルク地域には60のバイオ関連企業,すなわちフィンランドのバイオ企業の約半分が集積しているが,フィンランド南西部のバイオ分野のインカム自体は5億ユーロほどに留まっている.100人を超える教授がおり,毎年約80の博士が誕生している.3700人の大学生と500人のポリテクニクの学生がいるのだが,インカムの面ではICTクラスターの方が大きい.これはトゥルク近郊のサロにノキアの研究機関が立地しているからだ.
しかし,クラスターとしてみるとICTはそれほど強い状態には無い.30人ほどの研究者がおり,毎年25人程度の博士を輩出するのみである.しかし,企業数で言えば100を超えるICT企業がこの地域にある.つまり,バイオクラスターはよりアカデミックであり,ICTクラスターはビジネス寄りであるといえる.
これらの二つの分野はタイムスパンが異なる.バイオは長い時間を必要とするのに対してICTの進歩の速度は非常に速い.だから,同じサイエンスパーク内にあってもBioTurkuとICTTurkuのようにそれぞれを専門とする企業を作る必要があったのだ.
このようにトゥルクは基本的にフィンランドにおけるバイオメディカル分野の研究開発拠点たるべく,基盤整備を行ってきた.トゥルクにおけるサイエンスパークは短期間に,しかも急速に進んでいる.この10年間で,120の企業が700の新たな雇用を創出しており.サバイバルレートも85%と比較的高い水準にあるが,バイオ分野の特性を勘案すると,サイエンスパークの成否を評価するには時期が早いといえるのではないか.
[トゥルク市と産官学連携]インタビュー先概要
トゥルク大学,トゥルク・サイエンスパーク,トゥルク市の地域経済開発機関(TADセンター,POTKURI),複数のベンチャー企業,トゥルク・ポリテクニーク,VTT,TEKEL,を対象にインタビューを行った.トゥルク大学では副学長,実際に起業経験のある教授を対象とした.サイエンスパーク運営会社であるトゥルク・サイエンスパークは現在,BioTurkuとICTTurkuという二つの部門を持つため,それらの母体であるサイエンスパークとそれぞれの部門に対するインタビューを行った.ベンチャー企業はバイオメディカル関連の企業を中心に,インキュベーション内にある企業,インキュベーションを巣立った企業それぞれへのインタビューを行った.ポリテクニークは,フィンランドにおいては大学と並んで重要な「実学志向の」高等教育機関である.ベンチャー企業の中にはこのポリテクニーク内にオフィスを構えるものもある.
これらのローカルベースの機関・企業に加えて,VTT(国立研究所)のMedical Biotechnology Depertmentが設置されており,バイオクラスターのますますの発展が期待されている.トゥルクにVTTが設置されたのは比較的最近であり,目立った成果を挙げるには至っていないが,トゥルク地域がこの機関の誘致を積極的に進めてきたことから,VTTに対する期待の高さが伺える.
TEKELは国内23箇所のサイエンスパークをネットワーク化すべく,1998年に設置されたフィンランドサイエンスパーク協会(TEKEL)である.今回の訪問の際,トゥルクでTEKELのディレクターである,Mr.
Kyosti Jaaskelainenにインタビューの機会を得たが,これは地域機関ではないため,他の中央官庁と同じところにまとめる.
TAD(Turku Area Development)センターとPOTKURI
まず,トゥルク地域の経済を概観するため,トゥルク市の機関であるTurku
Area Development
Centreでのインタビューを紹介する.同センターではトゥルク地域の開発センターとトゥルク地域の経済についてのインタビューを行った.
そもそも,同地域はサービス業が盛んであり,その意味でフィンランド国内の他の都市とは色合いの異なる産業形態を持っている.
これに加えてトゥルクは薬学が昔から強く,市政の関係で薬学とICTが押されているという背景がある.トゥルクはフィンランド南西部に位置する港町であり,古くから造船業が盛んであったが,ヴァルチラ社の工場がイタリアへの移転を決定したり同じ造船関係企業であるエーカー社の業績不振などのプレッシャーから,産業構造転換が進んでいるようであった.
このような状況下でもトゥルク市は,Vision2010において海・造船・マリンテクノロジーを前面に打ち出しており,造船業やそれに関わる重金属系工業を維持していきたいようだ.
しかし昨今の造船業が多いのでそれに関わるエンジニアがかなり多く失業している.ヴァルチラ社の工場移転が決定したのは2004年だが,40代~50代,つまり20年間エンジニアをしてきた人たちは仕事がなくなっても他にはいけない.20代~30台であれば学校に行きなおして,転職を考える人もいるのだが,40や50代をどうするかが問題になっているとのことであったが,このような高齢者雇用の問題はバイオを打ち出したからといって彼らを吸収できるわけではないだろう.
トゥルク地域の現在の失業率は約8%程度であり,全国区で見ると比較的低いといえるが,これらの失業者の多くはエンジニアであり,リサーチャーではない.他の製造業という意味で携帯電話などへの進出も考えられたが,この分野では近郊都市であるサロに負けてしまう.そこで,サロ・トゥルクという一つの経済地域を作ろうという動きが出てきた.ヘルシンキとは別にサロ・トゥルクという経済地域を作って,サロと経済協力や技術開発の協力などが進められている.
ここまでの各地でのインタビューでの発見として,日本との違いの一点が見えてきた.それは大学の修士・博士を中心に研究者として育成し,彼らがリサーチパークやサイエンスパークに所属していくという状態である.かつそれらの人々がスピンオフする場合もあり,その中に地域の産業も入ってくれば,それを機能させるためのナショナルプロジェクト,リージョンプロジェクト,ローカル企業のプロジェクトといった十重二十重のバックアップシステムがある.
トゥルクに限らず,スピンアウト企業の起業者は,10分・5分で会社ができると強調する.企業をつくろうとすると法律的な手続きなどが発生してくるが,それをカバーする,ケアするサービスシステムがあるのだ.
TADセンターでも法律的なことも含め,ここに一回くれば会社を始めるのに必要な情報は全てそろう.あとは書類にサインをすれば企業を始めることができるようになっている.
また同じくトゥルクの地域機関であるPOTKURIでもインタビューを行った.POTKURIは日本で言うところのハローワークにあたる政府機関であるが,第三の役割として,起業家支援も行っている.POTKURIは現在,ICTとバイオ分野における雇用環境向上を目指すために,High
tech Wayと呼ばれるプロジェクトを行っている.
現在はICTセクターやバイオセクターでは失業が発生するような労働力の過剰供給の状態であるが,将来的には,質の高い科学者への需要は拡大していくはずであるとの予測に基づいて如何にして専門的な能力を持った人材を確保するかという問題に取り組んでいるとのことであった.
これらの分野においては労働力過剰の状態にあり,POTKURIは確かに現在は職業安定所としての役割が大きいが,本来のアイデアは,将来,企業が適切な人材を見つけることができないような状態が生まれるのを回避することであると述べている.これは,失業率は高い水準にあるのだが,企業は特定の(狭い分野の)専門家を確保したいと考えている場合が多いためで,このような専門家をどのようにしてトゥルクに呼び込むかというのが課題なのだという.
しかし,海外からの企業誘致に伴うリクルート活動支援は事例としても少なく,あまり活発ではないという.
そもそもフィンランドはアメリカのようにサラリーが高いわけではないので,それ以外にアトラクティブな「何か」を被雇用者(例えば外国籍の専門家)に提供する必要があると同時に,高等教育を受けていない人々に対しても仕事を与えていく必要があるのも事実だ.外国から多くの労働力を呼び込むことについては当然,議論も大きい.
質の高い教育を受けたものでなければ仕事に就けない.しかし,外国から質の高い教育を受けた人を呼び込めば,その人が新たな仕事を創出できるだろう.失業率が高いのに外国人労働者に職を与えるという過渡的な情況が将来的には国内での労働への需要を高めるという難しい時期にあるといえる.
トゥルク大学
次に,トゥルク・サイエンスパークの主要なアクターに対するインタビューを順に紹介していく.トゥルク大学での話題はトゥルク大学とトゥルク・サイエンスパークの関係についてであった.大学設立の経緯,サイエンスパークの意味,TLOにおける課題などについての議論も行った.
トゥルクでは1917年にスウェーデン系のオーボ大学が設立,1920年にフィンランド系のトゥルク大学が開学した.当時はスウェーデン系は富裕層が多く,フィンランド系は比較的貧しい人が多かったため,トゥルク大学の最初のタスクはフィンランド語を話す公務員を養成することにあった.このような認識があったため,トゥルク大学にとっては積極的に地域開発に尽くすという発想は,気乗りのしないものとなっていた.トゥルク大学は国のために尽くすのが最重要タスクだと考えられていたからである.
1980年代後半からは地域における他者との協力関係は拡大していった.
現在,トゥルク大学には18000人の学生と2800人のスタッフがおり,6つの学部があるが,技術系の学部と経済経営系の学部は無い(ICTの学科はあるが,学部ではない).この状況を補うため,技術系の学部を擁するオーボ大学と経済経営系のトゥルク経済大学と緊密なコラボレーションを保っている.
トゥルク大学にとってのサイエンスパーク.についてであるが,トゥルクのサイエンスパークは3つの大学のテクノロジーセンター,ハイテク企業,サービス企業,ポリテクニークと大学病院が構築するネットワークである.その目的は,協働し,シナジーを利用して付加価値を創出することにある.
また,トゥルクサイエンスパークの強みは「歩いていける距離」に様々な資源が集まっていることである.これはサイエンスパークの中で働く人々が,頻繁に顔をあわせる機会を持っているということである.意図の有無,公式非公式を問わず,face-to-faceのコンタクトの機会を確保することはおそらくどのような戦略よりも重要であろう.なぜなら良いアイデアというものは,往々にしてことなるバックグラウンドを持つ人同士がインフォーマルな議論を行うことで生まれてくるからだ.
大学のメインタスクは基礎研究と研究者教育,そして基礎研究と深く結びついた応用研究がある.しかし,大学法によってフィンランドの大学はパテントやライセンスを直接扱うことができない.
市がメインオーナーであるサイエンスパークは製品開発やインキュベーターシステム,アクセレレイターシステムを通じて企業との協力を取りまとめる役割を果たしている.
しかしここに初期段階の技術の移転に関して重大な問題がある.昔は大学が所有するTLO企業があったが,それは倒産してしまった.現在はTLOは複数の民間企業によって行われているが,初期段階の技術で利益を生むのは大変困難だ.多くの場合,公的なファンディングが必要となってくる.民間企業がこのようなTLOサービスに取り組むのは良いことであると思うが,これらの企業が,TLOを効果的に実現するためには「公的資源からサポートを得る能力」が求められる.
フィンランドの人々はTLOにおける公的サポートの重要性を十分に理解しているが,大学もTEKESもSITRAもその責任を負いたがらない.これがフィンランドのTLOシステム弱点だといえる.
このTLOの困難さという点について,具体的にはどのような難しさがあるのかという質問に対しては,フィンランドにおける一般的なTLOのステップからみた説明を受けた.
第一段階として,大学で生み出されたアイデア・技術は多くの場合フィンランドにおける特許となるが,これは費用も手続きもそれほど困難ではないので実現は容易である.しかし,その特許が国際的に有効に保護される期間は1年間であり,それ以降の保護にかかる費用はその科学者自身が負担しなければならないので,実際は機能しないということになる.
だから迅速に,TLO企業がアイデア・技術を評価し,リスクをとるかどうかを判断しなければならないのだが,TLO企業は小さすぎてリスクを引き受けるだけの体力が無い.また,それぞれの領域での専門家の数も不十分である.これについてHarri
Lonnberg氏は,「個人的には国が強力なTLO企業を作り,公的資金も投入すべきだと思う」と述べている.
また,地域との関係についてであるが,大学は国外との協力関係と地域との協力関係を同時に推進していくのは難しいと指摘しつつも,両立させることも可能であり,研究と教育の両方で国際的に認知されるようなレベルになるための努力は惜しむべきではないと述べている.
今日ではローカル企業であっても利益を得るにはグローバルな視野を持つ必要がある.そのため,企業が海外の市場を志向するのであれば,それに協力する大学がまず国際競争力を持っていなければならない.地域に眼を向けすぎると大学は国際競争力を失ってしまうし,地域に眼を向けなさすぎるのもマイナス要因となる.しかし,この点が近年の科学政策ではあまり理解されていないようで,地域か国際化かのどちらかに偏りがちであったと指摘している.
また,今日的な意義のある新たな基礎研究のヒントを得るための場としても地域との協力は重要であり,地域との協力が直接的・間接的にファンドの獲得の機会を増やしていることも理解すべきだとも述べている.
トゥルク・サイエンスパーク
トゥルク・サイエンスパークではサイエンスパーク運営会社である,Turku
Science Park Ltd.の他,子会社であるBioTurku,ICTTurku,バイオ関連の企業・研究機関が集積するTurku Bio
Valleyについての説明を受けた.
まず,Turku Science Park
Ltdであるが,同社はトゥルク・サイエンスパーク全体の運営と発展に対して責任を持ち,大学に存在する知識を基にしたビジネスを奨励・推進することをミッションとしている.オーナーはトゥルク市であるが,トゥルク市はサイエンスパークの開発に非常に熱心であり,新たな企業や人々をトゥルクに呼び込み,納税者を増やしたいと考えている.これがトゥルク市がマネージメントを行う企業に投資する理由だ.
戦略のゴールについてであるが,Turku Science Park Ltdは営利企業ではないので,成功の基準はTurku Science Park
Ltd自身の利益で図られるわけではない.どれだけ多くのR&D投資やベンチャーキャピタルを重点開発分野(バイオとICT)に呼び込んだか,それによってどれだけ雇用が増えたかが重要であるという.
また,トゥルク市やこの地域がハイテクの中心地であるというイメージを人々に植え付けることも戦略目標となっている.
先にも述べたがトゥルク・サイエンスパークの重点分野はバイオとICTである.しかし,一言でバイオやICTといっても非常に広範な概念であるため,BioTurkuでは,医薬品開発,診断,バイオマテリアル,機能性食品といった特定の分野に焦点をあわせた研究開発が行われている.
フィンランドにおけるバイオ企業の約半分がトゥルクにあり,そのほとんどがサイエンスパーク内にあるため,非常に密な集積地であるといえる.
なぜバイオとICTなのかという点についてであるが,トゥルクには第二次大戦以前からの製薬企業も多いため,長い伝統を持つ大学の研究と企業の研究を結びつけるのがTurku
Science Parkのタスクであると捉えられているようだ.
またICTについてであるが,この分野には約15000人の労働者が南西フィンランドにいる.14000のICT系企業のうち,約100社がサイエンスパーク内にある.ICTTurkuはこのようなICT系企業のネットワークと捉えられている.
サイエンスパーク内外に企業は分散しているが,ICTTurkuはこのICTクラスターのコーディネートを行っている.同地域のICTにおける重点分野はソフトウェアとサービス,携帯と遠距離通信,エレクトロニクスとデバイス,コンテンツ制作である.携帯と遠距離通信,エレクトロニクスはトゥルク近郊のサロにあるノキアの存在が大きい.
以上がTurku Science Park
Ltd,BioTurku,ICTTurkuの概要である.書くサイエンスパークと同様に,サイエンスパークの役割や存在意義,ツールといった内容についてもインタビューをすることができたので以下にまとめる.
サイエンスパークを成功させるには何が必要かというてんであるが,トゥルクでも,まず「knowledge,大学,科学」がなければならないと認識されているようであった.
しかし,それ以上に以下の5つのものがサイエンスパークには不可欠だと説明している.
①ビジネス開発.スタートアップ企業のための様々なサービスやメカニズムである.
また技術移転,つまり大学の研究者が自ら起業することなく,アイデアを商業化するための仕組みを効率的に提供すること.
②バイオテクノロジーやICTといった重点分野の開発のための様々な開発プログラム
③マーケティングとコミュニケーション.マーケティングは外部とのコンタクト活動であり,サイエンスパークはどのような存在か,何を提供できるかを広報する行為であり,コミュニケーションはサイエンスパーク内部でのコミュニケーションである.サイエンスパーク内の協力を活発化するため,他の企業がどのような活動をしているのかを周知することであると説明している.
④インフラとサービスは,公共交通機関やデータコネクションといったハード面と消費者向けサービス・ビジネスサービスといったソフト面が日々の活動に効果をもたらす手段であり,これもサイエンスパークにとっては欠かせない要素である.
⑤施設とはつまり物理的空間である.Turku Science Park
Ltdの場合,ビルの所有者はサイエンスパーク運営会社ではない.同社はサイエンスパークの活動やビジネス開発に責任を持っているが,ビルの所有者は一部の投資家がビルの所有者となっている.
建設会社が彼ら自身の利益とニーズに基づいてビルを建設し,リスクを負う.不動産ビジネスという意味では,エンドユーザーを引き寄せるようなビルを投資家の資金によって建設している.
つまり,サイエンスパーク運営会社であるTurku Science Park
Ltdは,パーク内で「ソフトウェア」を提供していると言うことができる.ハードウェアは別の組織が準備したものを借り受けているのだ.
もちろん,計画策定に当たってはトゥルク市が重要な役割を果たしている.トゥルク市はここにサイエンスパークを建設するのだという確固たる意思を持っているが,実際にハードウェアを準備するのは様々な建設会社であり,彼等は市場のニーズに基づいて建設を行っている.
このように,施設に関してはトゥルク・サイエンスパークの役割はそれほど大きくない.この点について,オウルとの違いをたずねたところ,オウルにとっては,施設の提供は最重要項目であり,彼等の主要な関心事は賃貸料を支払う入居者の数を一定の水準に維持することにあるのに対して,トゥルクの場合は,施設の提供は第一義ではないのだが,入居率は高い水準を保っている.95%以上の入居率があり,ほとんど空きが無い状態だとの返答を受けた.
Turuku Science
Parkに1988年に最初のビルが建てられた当初,52の企業・大学の研究ユニット・公的機関のオフィスがそのビルに入居していた.現在,その数は順調に伸びており,324の企業がサイエンスパークに存在している.
トゥルク・サイエンスパークに移動してくる企業はセレクションを受けない.どのような企業であってもサイエンスパークに入ってくることができるようになっている.しかし,パーク内の企業・組織の数の割合は良いバランスに保たれている.バイオ・ICTが約半数を占めており,その他の技術系企業の数は少し少ないが,サービス企業が約3分の1,残りを研究教育機関が占めている.人員面殻見ると,約半数の労働者が大学と大学病院で働いている.残る半分が企業に勤めている.
Turku Science Park
Ltdは,サイエンスパークの開発に責任を持ってはいるが,全てを同社自身の手で行っているわけではない.サイエンスパークにはバイオとICTの専門家を含む約50人が働いているが,もし我々が開発の方向性を独裁的に決定すれば間違いなく失敗するだろうと述べている.このため,トゥルク・サイエンスパークではコミュニティー全体を巻き込んで戦略策定を行っている.つまり,バイオとICTの分野で,SME・大企業・大学・公的機関のキーパーソンを集め,共同でサイエンスパークの戦略を決めていくのだ.例えば5年間というスパンのバイオ戦略では,100人以上の専門家が参加して戦略が決定された.ICTにもコミュニティーによって策定されたICT戦略というものがある.これらのコーディネートを行ったのがTurku
Science Park Ltdである.
包括的な戦略としてはVISION2010が現行のものとなっている.同戦略ではトゥルク・サイエンスパークをバイオとICTの分野でヨーロッパ最先端のセンターにすることが目標とし,そのために多様なプログラム・プロジェクトをパートナー企業に提供する一方で,科学者や研究ユニットを誘致し,フィンランド企業・海外企業に新たな環境,競争力を持った環境を提供することを掲げている.
Vision2010の戦略が持つゴールは,重点分野への投資を外部から呼び込むこと,雇用を創出することであり,具体的には,2010年までに5つの国際企業や研究ユニットをトゥルクに誘致することである.
フィンランドは2010年までに世界で最も成功した3つの国に入るという目標が立てているが,これについての意見を聞いたところ,WEFやIMDのランキングでは上位に位置してきたが,重要なのは順位ではなく,国の中にあるシステムが実際に機能しているか否かという点だとの返答を得た.
マーケティングマネージャーであるEsko
Sorakunnas氏はこれに加えて,「フィンランドには様々な特徴がある.小さい国であり,教育に力を入れており,国の経済の中でノキアが大変大きなプレゼンスを示し,GDPに占めるR&D投資の割合も高い.これらの条件がフィンランドに好ましい環境を作り上げてきたといえる.
GDPに占めるR&D投資の割合の高さはフィンランドの成功要因の一つだ.EUの平均は2.0%を少し下回るが,フィンランドは3.5%前後であり,スウェーデンに次いで第二位だ.フィンランドはEU諸国の中で1990年代から持続的にR&D投資を増加させてきた唯一の国である.
このように,フィンランドは研究開発に非常に力を注いできた.その結果として,特許の数などにも表れているように,国のサイズの割には大変高いパフォーマンスを示してきたといえる.フィンランドのR&D投資の約3分の2は私企業によるものであり,その半分はノキアによるものだ.
教育システムに眼を向けてると,PISAによる調査でもフィンランドの教育への評価は高い.これらの要素を間断なく改善し続けることが今後の発展に向けて最も重要なことといえる.大きな変革は必要ないが現在の形をよりよく保つことを考えねばらない」と指摘している.
他のサイエンスパークでも見られるように,サイエンスパークのコンセプトは様々なアクターの相互作用を重視している.例えば学生が企業に所属して研究を行いながら博士論文を執筆するケースもあるだろう.トゥルクでもそのような機会は非常に多いであろうことは容易に想像できる.ほとんど全てのビルに大学のユニットと企業の両方が入居しており,レストランなどに行っても学生とビジネスマンが昼食を同じ場所でとっている姿を見かける.サイエンスパークでは,大学と企業が別々に存在しているのではなく,mixtureな状態となっている.
Turku Science Park Ltdはビジネス関連の様々なイベント企画することもあるのだが,Esko
Sorakunnas氏はそのような場に学生を積極的に呼び込むことも重要だと指摘する.そうすることで彼らの眼をビジネスの分野にも開かせることになる.そのような機会が無ければ学生は,「試験対策のための勉強」に追われるだけになってしまう.企業にとってもメリットは大きい.そのような機会を利用して有能な人材,必要とする人材を見つけることができるからだ.
以上がTurku Science Park Ltdでのインタビュー概要である.
トゥルクでは主にバイオ関連の調査を多く行った.フィンランドのバイオ産業におけるトゥルクのプレゼンスが非常に高いためであるが,この背景には歴史的経緯がある.プロジェクトマネージャーHanna
Halme氏の説明を要約しておく.
Turku Bio Valley
Ltdは1999年にできたのだが,それ以前から多くのバイオ関連企業がトゥルクにはあった.オリオンやレイラスといったバイオ企業が企業間協力,企業-大学間強力を持っていたので,徐々にサイエンスパークのようなフレームワークへのニーズが高まっていったのだ.
つまり,トゥルク・サイエンスパークはボトムアップの形で成立したのだといえる.トップダウン的にサイエンスパークをまず最初に作って,その中で何をすべきかを議論するという順番ではない.この経緯はその後の戦略策定においても大きな影響を与えている.
こういった経緯からトゥルクでは主にバイオ関連クラスターの調査が中心となっている.そこでTurku Scicence Park
Ltdの傘下にあるBioTurku Ltdでのインタビュー概要も紹介しておく.
BioTurkuとTurku Bio Valley Ltd.
BioTurkuはフィンランドのバイオテクノロジーの分野の先頭を行くクラスターだ.
約80の民間企業と20程の組織があり,全体で約100の様々なアクターが活動していおり,この地域に,フィンランドにおける製薬・診断分野の企業の約半数が集まっている.BioTurkuの主たるビジネスエリアは医薬品開発,診察技術,バイオマテリアル,機能性食品といった分野であるが,1999年,トゥルク・バイオバレーが創業した際,BioTurkuはこの地域がどのような分野で優れているかということについて,企業や大学その他の組織から多くの専門家が参加して戦略を策定している.
この戦略においてBioTurkuはバイオマテリアル・医薬品開発・診察技術の3つのエリアをフォーカスエリアとすることを決定したのだが,2004年に,この戦略はアップデートされ,医薬品開発のような大きすぎるテーマについては見直しが図られた.
現在は,トゥルク地域が優位にあるエリアをさらに特定するため,「インディケーションエリア」と呼ばれる範囲を特定されている①ホルモン病と癌,②炎症と伝染病,③中枢神経系に関わる病,④バイオマテリアルを含む再生医療用の薬という分野である.
現在はこの戦略に沿って,企業などに提供するための情報収集・整備を行っている段階にある.
Bio Valley
Ltdはトゥルク地域のバイオクラスター開発全般に対して責任を負う企業で,企業とリサーチユニットを結びつけるコーディネートプログラムや,BioTurkuの宣伝・プロモーション,バイオ企業に対するインキュベーションサービスや実験室提供,企業や研究グループのニーズに合わせた施設設備提供,国のプロジェクトであるPharma
ClusterやBiomaterial Clusterの運営,国外とのネットワークであるScanBaltネットワークやEFB(ヨーロッパ・バイオテクノロジー連合)のフィンランドにおける窓口などの役割を通じて,BioTurkuにおけるバイオビジネスを拡大していくことがタスクとなっている.
このタスクを実現するため,Turku Bio Valley Ltdは3つのパートに分かれた戦略行動計画を打ち出している.
一つ目は地域開発プログラムである.このプログラムは高い可能性を秘めたプロジェクトを探し出したり創出し,スタートアップ企業を支援し,研究基盤を開発するためのものとなっている.現在,企業と科学者集団によって4つの開発プログラムが進行中である.また,地域開発プログラムでは,スピンアウトを促進するため,同社と先端的なバイオ企業との協力関係を深めている.
これらに加えて,バイオとICTのクラスターシナジーを強化する試みも行っている.これは近年提案されている新たなビジネスアイデアの多くはバイオとICTの組み合わせのものであるからだ.特にライフサイエンスの分野でICTの活用が進んでいる.患者の行動の制約を取り除くために様々なICT技術の応用が試みられている.この分野のビジネス機会は今後も大きくなっていくと予測しているようだ.
二つ目はマーケティングに関するものである.パートナーシップを構築し,BioTurkuに多くの国際的な投資や企業を呼び込むといった活動を進めている.マーケティングのための資料を準備し,B-to-Bの機会拡大を狙った様々な企画を立てている.国際的なバイオテクノロジー企業,バイオファーマ企業との会議や,世界中にあるバイオパークとの協力関係の構築,国際的な投資化とのコンタクト確保といった形で,世界を視野に置いたマーケティング活動を行っている.
三つ目はサービスビジネスである.おもに施設の提供サービスを指している.つまり,利用者であるバイオ企業のニーズに応じた施設の提供,バイオインキュベーターやバイオラボの提供サービスがサービスビジネスの中身である.
トゥルクにおけるバイオクラスターはフィンランド全土におけるバイオ関連企業の約半数が集積しているところからも,一定の成果を挙げる素地が整いつつあるように見える.この点について,これまでの活動をどのように評価するかを伺ったところ,プロジェクトマネージャーのHanna
Halme氏から以下のような返答を得た.
「BioTurkuのコミュニティーは十分に大きい.ここでは十分満足できる規模の活動が行われているが,同時に適度な小ささであり,人々は頻繁に直接会う機会を持つことができる.他のバイオパークの事例を見ると,一つの都市内にあってもその中で地理的に離れた場所に施設が散在している場合がある.
もちろんe-mailなどのコミュニケーション手段もあるが,face-to-faceのコンタクトは大変重要なのだ.組織の方針を決めるための会議やシンポジウムなどの公式なミーティング機会だけでなく,一緒にコーヒーを飲んだり,偶然ビルの廊下で出会ったりといった,組織化されていないface-to-faceのコミュニケーション機会にも眼を向けなければならない.大きさという意味でも小ささという意味でも非常に効果的なサイズで仕事してきたと考えている.
我々は様々なことなるレベルのネットワークを活用するという文化を持っているし,様々なサポートツールも創造してきた.さらに共同戦略も持っている.この戦略は多くのアクターが参加して作られたもので,地域の多くのアクターが合意したものだ.この合意もまた重要な要素だろう.」
起業支援というサイエンスパークにとってもっとも重要な役割についてであるが,トゥルク・サイエンスパークで起業した企業数は136社.3年から4年のインキュベーターでの活動を終え,インキュベーターを離れた後の生き残り率(サバイバル・レート)は85%となっている(フィンランドの一般的な企業のサバイバル・レートは50%である).
25社が現在,ベンチャーキャピタルやその他のビジネスエンジェルから支援を受けているが,100社のスタートアップ企業があることを考慮するならば,それほど大きな割合であるとはいえない.サイエンスパーク内の企業は,人的規模でいえば5人程度あるいはそれ以下のサイズというのが典型的である.
Turku Bio Valley
Ltdではこれらの起業を支援するため,様々な専門サービスを行っている.様々な最新のデータベースの提供や専門家による無料のコンサルティングサービス,オフィスや実験室スペースの貸し出し,実験機器洗浄サービスなどがあり,起業家は自分のビジネスに専念できる.また,インキュベーターの外にある施設も利用できるよう大学などとの連携をとっている.例えば医薬品の開発を行う際に行われる様々なテストをクリアするために,外部の施設を利用して様々なプレテストを行わなければならないからだ.
また,大学や金融機関へとのコネクションも入居企業にとっては有効なサービスとなっていると評価しているようだ.ベンチャーキャピタルとのコンタクトもあり,どのような企業があるのか,どのようなビジネス機会があるのかという情報提供をベンチャーキャピタリストに対して行っている.
カウンセリングやフォローアップもインキュベーターのサービスに含まれている.もちろんその前の段階である戦略の策定にはTurku Bio Valley
Ltdも非常に多くの時間を割くが,実践段階に移ってみると,資金調達のための大変きめ細かいカウンセリングが必要になる.
バイオ企業にとっては資金調達は簡単なことではない.なぜならスタートアップ以前の段階から多くの資金が必要だからだ.ICT分野であれば,コンピュータとネットワーク程度で済むが,バイオで新たな素材が必要だとなるとそれはそれほど簡単なことではないからだ.
次にマーケティングサービスについてだが,大学からの起業を想定した場合,起業者はその技術に関してはエキスパートであってもマーケティングに関しては素人であるケースがほとんどであるため,ビジネスの専門家からの適切なアドバイスが必要である.
Turku Bio Valley
Ltdは起業家向けのマーケティング,セールスに関する教育コースも持っている.バイオテクノロジー分野のスタートアップ企業に向けたファイナンスやIPRのコースなどがあるが,これは1988年から始まっている.ほとんど毎日何らかのコースが開かれているが,バイオ分野には「バイオ・ケース」というクローズドの起業家向けセミナーがある.
「バイオ・ケース」は大企業から人を呼び,その企業の事例について紹介するというところから始まるがそれが終わると,なぜその方法で成功したのか,他の方法では駄目なのかといったを20人程度の参加者が徹底的に議論を行うものである.
資金調達やIPRに関連する事項が話題に上ったが,ここで注意したいのはTurku Bio Valley
Ltd自身がファンディングプログラムを持っているわけではないということだ.
Turku Bio Valley
Ltdにも予算はあるがファンディングのための資金はTEKESなどが主たる供給者となっており,この点ではバイオ・ケースは教育プログラムであると同時に「経験の交換の機会」として機能しているといえる.このような起業家教育のための機会としては,国レベルで開催されるベンチャー・カップと呼ばれるものもある.
Labmaster Ltd
Labmaster社で開発が行われている新技術は,臨床診断や環境分析,食品分析や化学薬品分析などの様々な分野に応用可能な技術プラットフォームである.1985年に設立され,90年代半ばに営業部門と開発部門の2つの会社に分かれた.Labmasterは現在,開発を担当している.2001年以降,SITRAがシェアパートナーとなっているが,Labmasterは民間企業である.
Labmaster社のこの技術はトゥルク大学からライセンスが移転されたもので,特許による保護を受けている.そもそもこの技術の開発経緯であるが,トゥルク大学の4人の科学者が始めた研究がもとになっている.80年代後半に始まったこの研究が90年代半ばに一応の成果を出し,特許がLabmasterに移転され,同時に3人の科学者がLabmasterのシェアホルダーになった.我々は現在もトゥルク大学との協力を続けている.
この技術の開発に携わった科学者の1人がヘルシンキ工科大学のLaboratory of Inorganic and Analytical
Chemistryにおり,彼がシェアホルダーになっているからだ.実はこの技術はもともとは彼が中心となって開発した技術だ.その後,ヘルシンキ工科大学に移っていった.
そのような経緯からヘルシンキ工科大学のマイクロエレクトロニクスセンターはLabmasterにとって重要な協力相手となっている.ヘルシンキ工科大学のマイクロエレクトロニクスセンターはシリコンチップの設計において優秀な協力相手であるとのことだった.実際の製品製造の段階に入ったら,シリコンチップの製造を担当してくれる企業を探すことになるとのことだ.
大学との協力は緊密なようだが,サイエンスパークの実験室,バイオシティーを使ったりすることはあるのかとの質問に対しては,「我々はTEKESからファンドを受けたいくつかの研究プロジェクトを持っている.開発プロジェクトではなく,研究プロジェクトだ.実際にはファンドの行き先はトゥルク大学になっているが,Labmasterはそこでの研究成果を利用する権利を与えられている.」との回答を得た.
また,国営のベンチャーキャピタルであるSITRAとの協力関係やSITRAのプレゼンスに利点を感じているかといった質問に対しては,以下のような回答を得ている.
「SITRAはLabmasterに対して資金を融資しており,ボードメンバーとして名を連ねている.無論,利点も感じている.SITRAには診察技術の分野で非常に経験豊富な専門家がおり,ビジネス活動の面でも積極的に支援してくれる.ボードの議長としてSITRAから来ている人物はフィンランドで最大の診察技術関連企業での経験を持っており,その経験が我々のビジネスに生きている.その他にもSITRAから送り込まれた専門家がいる.Labmasterにとって,SITRAは投資家以上の意味がある.」
Fermlab Ltd
ベンチャー企業 以下ではサイエンスパーク内外のベンチャー企業に対するインタビューの要約を紹介する.
FermLabはトゥルクポリテクニークという学校の中にある企業である.トゥルクポリテクニークにはもう一社,企業があるが,同社がポリテクニーク内で操業している理由は施設や実験器具を利用できるからであるとのことであった.自前で調達するには高価な機器・器具を利用できるというのは大きな利点だ.もし,学校の機材が利用できないということであればFermLabは存在しなかったかもしれないとも述べている.
創業4年目を迎える同社であるが,創業時は現在と違い,バイオ系の企業が新たに起業できるような場所,高価な実験機器が自由に使えるような場所は少なかったそうである.
また,ポリテクニークの学生が授業の一環としてFermlabでの実践研究に取り組むこともあるそうだ.この点について,大学とポリテクニーク,どちらを操業場所として選ぶか?との問いには,ポリテクニークであるとの回答が帰ってきた.
これはポリテクニークの方が様々な面において実践的だからだ.学生たちは実践的にトレーニングされており,技術的にはポリテクニークの学生の方が優れている部分もある.大学の学生は時に理論に偏りすぎてしまうという話があった.
また,少なくとも現段階では,ポリテクニークの施設の方が最新のものが揃っていることもあるが,その状況は長くは続かないだろうと認識しているようだった.これは政府は初期段階には多くの投資を行うが,それを過ぎると締め付けにかかるからである.
スタートアップ時のファンディングについてであるが,同社のマネージング・ディレクターAri
Batsman氏によれば,国家技術庁TEKESからのファンディングは起業に当たっては受けていないが,2005年8月からインターナショナル・マーケティングも始めたため,そのプロジェクトのための事前研究費用をTEKESから受けている.これは短期のプロジェクトで,国際化へのサポートであり起業のためのサポートでは無いので返還する必要は無いとのこで,これは実質的にグラントと言える.
また,この市場調査の段階が終了して輸出の段階に入れば,費用全体の50%までTEセンターから支援を受けられるという制度になっているという.市場調査の段階で受けた資金提供は15000ユーロであり,この種調査に対するの資金提供のごく一般的な額であるが,TEKESから資金を受ける場合は,自己資金があることも示さなければならない.
FermLabの場合,15000ユーロはTEKESから.5000ユーロは自己資金でこの事前研究をまかなうことになったとのことであった.
TEKESの存在をどのように評価しているかという質問に対しては,「有用だと感じている.開発だけでなく,マーケティングにも手を貸してくれるのはありがたい」と述べている.
トゥルクでコーディネーターをしていただいたTimo
Korpela教授によれば,TEKESは今年の夏からようやく,マーケティングにも援助をするようになった.それまでのTEKESは「我々の仕事はR&Dのサポートだ」ということで,R&Dと商業化・スタートアップに力を注いでいたが,最近になって少しその方針が変わってきているとのことであった.
Biocis Pharma
Biocis Pharmaは,医薬品開発会社である.同社は皮膚がんやアレルギーに有効な革新的な薬の開発を行っている.同社の戦略は多くのバイオテクノロジー企業と共通している.治療法の効果が第一段階で確認されるまで薬の開発を行い,確認されればそのライセンスを製薬会社に売るというものだ.
また,同社のビジネスモデルは,彼らの弁を借りれば,「非常にフレキシブル」だ.Biocis Pharmaはある意味バーチャルな企業であり,フィンランド国内の様々な企業や大学の研究室との非常に活発なネットワークがその主な資源となっているため,大規模な施設や人員は必要ではないとのことであった.
2003年,トゥルク大学の研究グループからのスピンオフ企業として生まれ,トゥルク・サイエンスパークのインキュベーター(バイオインキュベーター)にあり,オフィスや実験室スペースを持っているが,この場所のほかにもトゥルクサイエンスパーク内のビルや大学の実験室を使っている.
現在,5人のフルタイムの社員がいる.うち二人が実際の研究開発に携わっている.外部との協力という点では,フィンランド国内やヨーロッパ,アメリカの様々な研究機関やサービスプロバイダーと協力している.
インキュベーション施設にいることにどのような利点を感じるか?という質問に対しては,複数の利点があると感じているようであった.
第一にインキュベーション施設にある様々な施設が利用できることを上げている.会議室や事務設備,充実した実験設備といったものに加え,BioIncubatorで重要なのは共同実験室という設備だと述べている.全ての企業が利用することできるこの設備は大変質が高いと評価しているようだった.
また,第二にこのインキュベーターの中には様々な企業が集積しており.例えば既に退去してしまったが,この春まで臨床前動物実験のサービスを行う企業が入居していたため,大変有用なサービスプロバイダが隣接しているという環境は大変利便性が高いと感じているようだ.
また,大学との関係についてはどうか?スピンオフ企業であるとのことだが,日常的に大学とのコンタクトがあるのか?という問いに対しては,大学と大変深い協力関係にあるが,それには二つのレベルがあると説明している.
まずアカデミックなレベルであるが,大学の研究成果に直接的にお金を支払う必要は無いということを上げている.これは大学の研究者は研究成果を出版し,それによって給料をもらっているからだと指摘する.
もう一つのレベルは動物実験についてである.Biocis Pharmaは大学が行う動物実験サービスを購入している.動物実験は学術研究目的のみで行うにはコストが高くつきすぎるため,Biocis
Pharmaがそのようなサービスを「購入」するのだという.
同社が受けてきたファンドについてであるが,同社は数種類のファンドを受けてきた.まずTEKESのプレ・シーズファンディングを受けている.また,SITRAからも小額ではあるがファンディングを受けた.プレ・シーズファンディングはビジネスを実際に始めるには額が少なすぎるが,ビジネスプランを書いたり,評価を行うには十分な額だとのことであった.
2004年からは,さらにTEKESから大きな資金提供を受けた.また,いくつかのベンチャーキャピタルからも投資を受けている.またTEセンターからも小額のファンディングを受けている.
しかし,このような多様なファンドを受けてはいても,現在はフィンランドの国外に投資家を探している状態で,ベンチャーキャピタリストと2006年の春をめどに投資を開始してもらうべく,話し合いを詰めている状態であるとのことであった.
また,「通常,TEKESには50%のファンディングしか期待できない.もし我々がプロジェクトを持っていても50%までしか申請できないので,残りの半分は自前で用意する必要がある.確かに,額としては小さく見えるかもしれないが,BioCis
Pharmaのような小さい企業にとってはTEKESファンディングは大変重要なのだ」と述べている.
この点については,同社がサイエンスパークに期待することは何か?不満に思う点は無いのか?との問いに対する答えにも現れている.
すなわち,「一つは資金だろう.世界中全ての企業がより多くの資金を必要としているのは確かだ.しかし,BioCis
Pharmaのようなスタートして間もない企業が資金を獲得するのは大変難しい.だから我々がサイエンスパークに期待することの一つは,我々のような企業が資金を得やすいようによりいっそう充実したサポートをしてほしいということだ.
トゥルクサイエンスパークは昨年からそのような活動を開始している.この傾向を維持拡大して欲しいと感じている」という返答であった.
VTT:国立技術研究センター
チーフ・サイエンティストのHarri Siitari氏によれば,「我々がトゥルクで活動を始めたのは2年半前で比較的浅い歴史しかない.しかしVTTは産業と大学の中間に位置しており,応用研究と実際の産業に関わる研究の両方を行っており,3分の1は国からのファンドで,3分の1がEUやTEKESからのファンド,残りの3分の1は企業からのファンドだ.その意味で,我々は大学・企業それぞれと非常に深いかかわりを持っている」と語る.
VTTは国立の技術研究所であり,オウルにおけるVTTエレクトロニクスの成功例から,VTTのブランチの誘致に各都市は大きな関心を持ってきた.
国内各地に点在するVTTの研究拠点は,例えばタンペレではバイオメディカルの研究が盛んであり,中でもインプラントなどのバイオマテリアルの研究が焦点となっている.タンペレには他にもエレクトロニクス部門やインダストリアルシステム,プロセス部門などがある.オウルにはエレクトロニクス部門の本拠がある.
これらに比べると,トゥルクのVTTバイオテクノロジーは規模としては非常に小さなものである.
オウルにおけるVTTの成功は地域経済の活性化の好例となっているが,VTTバイオテクノロジー(トゥルク)にとっての顧客はこの地域の企業が占める割合が高いのかという質問に対しては,「それほど多くない.我々の研究対象分野はグローバルにプレイヤーが存在している.フィンランドだけでなく,様々な国際企業がパートナーになっている」との回答を得ている.
また,「トゥルクにとってはVTTが来たことで他の地域のVTTが行っているプログラムの成果にアクセスするチャンネルが確保されたことが大きいだろう.例えばVTTが開発したソフトウェアプログラムや新素材をVTTを介してトゥルクの企業が使うことができる.VTTは各部門で何が行われているかを熟知しているが,地方の小企業はそのような情報を独自に,簡単に入手することはできない.VTTがその都市にあればVTTに尋ねればよいのだ.そういったネットワークや情報を提供するのもVTTの重要な任務だ」と述べており,現状では研究機関としてのプレゼンスよりも,VTTの研究資源へのアクセス窓口としての役割が大きいことようであった.氏が指摘するように,トゥルクにおけるVTTの歴史はまだ浅いため,VTTの地域産業振興におけるプレゼンスを評価するには時期尚早といえよう.
Arctic Diagnostics
同社はTPXテクノロジー(two-photon fluorescence
excitation microparticle fluorometry:2光子蛍光励振マイクロ粒子蛍光測定技術)を主力技術とする企業である.CEOのErkki
Soini氏はトゥルク大学で医療物理学の教鞭をとったほか,トゥルク地方のバイオ系機器製造企業であるWallacでのキャリアを持つ.
同氏によればWallocにいた頃,大学の科学者とのコラボレーションを推進し,その試みはうまくいっていたという.Wallacは大学とのコラボレーションに多額の投資を行い,Wallacが機器だけでなく,生化学分野にも進出を始めた際にはトゥルク大学の生化学者たちとの協力も始まった.
Wallacはトゥルクで最初に成功したハイテク診察技術系の企業で,スピンオフ企業も多く輩出している.もちろん診察技術だけに留まらない.医療や医薬品関連企業が多く生まれ,大部分が大学の近辺に位置している.
つまり,トゥルクには学界と産業界のコラボレーションを促す「雰囲気・空気」のようなものがあるのだという.また,政府による研究資金の提供もコラボレーションには欠かせない要素であり,商業化のためのアイデアまで持っていれば,研究プロジェクトのための資金を探すのはそれほど難しいことではないのだそうだ.
同氏は弱点についても指摘している.端的にいえばベンチャーキャピタルが非常に弱いということであった.ベンチャーキャピタルの多くはハイテクに対する投資には非常に慎重であり,リスクを過大評価し,長期的な視野を持っていないというのが氏の意見だ.特に医療用製品は開発に長期間を要するが,この点で折り合いがつかないと感じているようであった.
トゥルク・サイエンスパークにおける産官学協力
Arctic DiagnosticsのCEOのErkki Soini氏は,どのようにしてこの地域の産学官コラボレーションが成功裏に成熟してきたのか?このトゥルク地域にはたくさんのバイオ企業が起業し,サイエンスパークもうまくその機能を果たしていると主張しているが,それについてはどう思うか?という問いかけに対し,産学両セクターの経験者として,またBioTurku構想の生みの親の一人として以下のような見解を述べている.
「大学での研究経験があり,現在は社長であるという私の視点から見ると,サイエンスパークは直接的には役に立っていない.しかし忘れてはならない点もある.
1990年にフィンランドでバイオテクノロジーブームが起こり,人々がバイオテクノロジーを話題にし始めた.フィンランドアカデミーも興味を持ち,フィンランド国内でバイオテクノロジーに最も優れた地域はどこであるかの調査を行っている.その調査によると,ヘルシンキとオウルが秀でており,そのほかには少しの集積があるに過ぎないということだった.トゥルクにはほんの少しの分野横断的な研究があるだけだと結論付けている.
当時でもトゥルクにはこの分野の研究者が大勢いたが,組織化されていなかった.例えばオウルではバイオセンターのように組織があり,多くの人がオウルのバイオセンターがどのような研究を行っていて,何を成果として持っているのか,どのようなレベルにあるのかということが知れ渡っていたが,トゥルクにはそのようなものは存在しなかった.
そこでやっとトゥルクの人々は組織化の重要性に気づき,BIOCITYの建設と運営に乗り出したのだ.フィンランドアカデミーが次に発表したレポートでは,「BIOCITYはフィンランド最大のバイオテクノロジーセンターだ」と発表している.
実際は何も変わっていない.我々にあったのはこの「BIOCITY」という建物だけなのだ.
サイエンスパークはELECTROCITYやそのほかの建物を立ててはいるが,なんら変化を直接的にもたらした組織ではない.建物を建てることで多くの人の注目を集めることが彼等の役回りとなっている.
その結果として,多くの資金がヘルシンキではなく,トゥルクに入ってきている.それもこれもBIOCITYがあるからだ.BIOCITYには500人の科学者がいる.」
Erkki
Soini氏が指摘しているこのような研究と産業の間の構造的課題だけでなく,トゥルク・サイエンスパークの関係者からはIPRの取り扱いやベンチャーキャピタルの不足といった制度的側面についての問題点が多く指摘されている.
また,サイエンス・パークから地域経済そのものに目を転じると,TADセンターでの議論でも指摘されているように,地域の産業構造転換と労働力供給・労働者の技術の関係にミスマッチが生じている.これらはいずれも短期間には解決が難しい問題であろう.
サイエンスパークそのものの歴史も浅く,そもそもバイオ関連の企業は短期間で成果を挙げることが難しいこともあり,トゥルクにおけるバイオクラスターは未だ萌芽期にあるといえる.しかし,他方でTADセンターのHayashi氏も指摘するように,トゥルクでも数百人単位のレイ・オフが相次いでおり,産業の空洞化が進んでいる.林氏は「それをカバーするために,中小企業にがんばってもらわなければならない.しかし,計算によるとかなり多くの中小企業を作らないと労働力の吸収は望めない」と述べている.
オウル市と産官学連携の概要
オウル市は1605年にオウル川の河口にスウェーデン王カール9世によって建設された街である.現在はフィンランド第6の都市であり,4111km2に12万7千人が住む.1776年以来のオウル州の州都となっており,古くからタールとサケに関して知られるであった.
このように,1958年のオウル大学設置当時は伝統産業中心の産業構造であり,それらも衰退の傾向にあったが,1970年に国立技術開発センター(VTT)を誘致,1980年にサイエンスリサーチパーク構想を発表し,1982年には大学内にオウル市を中心とする産官学の出資によって市長や大学学長がボードメンバーを勤めるサイエンスパーク運営会社,Technopolis社が設置され,これが契機となってNokiaを初め,先端情報通信技術を持つ多くの会社がオウルに拠点を構えている.
大学を中心にサイエンスパークを設置し,スピンオフを奨励するとともに,それぞれの企業の開発プログラムをコーディネートしてハイテク企業間のマッチングを行う専門地域センターを設置する一方で,同地域で必要とされる人材の教育を大学が実施するというフィンランドのサイエンスパークの原型を形作ったのがこのオウルである.
Technopolisのアイデアは,様々なハイテク企業を集積させ,協力させるというものである.建物やビジネスサービス・パーソナルサービスも提供するので起業家はビジネスに集中することができる.ファイナンスシステムや様々な開発サービス,プログラムも持っている.このような形をオウルのテクノポリス関係者は「最適化されたハイテクビジネス環境」,あるいはテクノポリスコンセプトと呼んでいる.
現在は約13000人の学生を抱えるオウル大学,VTT(国立技術研究所)エレクトロニクス,NOKIAの研究所や数多くのICT関係企業が集積したTechnopolis,オウル大学病院と医療関連ベンチャー企業が集積したMedipolis,そして主に集積回路関係,バイオ関係のベンチャーが集まったMicropolisという3つのブロックを中心に多くのベンチャー,研究所が集積しており,90年代後半以降のIT産業を中心とするハイテク産業の成長に大きく貢献してきた.ハイテク関連製品の輸出は1988年にはフィンランド全輸出量の約5%に過ぎなかったが,2004年にはハイテク製品輸出額は8.5億ユーロとなり,財の総輸出額の17.5%を占めるに至っている.
オウル市と産官学連携の概要----インタビュー概要
同地域のサイエンスパーク運営会社であるTechnopolis社はヘルシンキ証券取引所に上場しており,オウルだけでなく,ヘルシンキ近郊のヴァンター,エスポーにもブランチを持っているが,オウルでのインタビューでは,Technopolisの持つインキュベータに入居し、インキュベータ入居企業のための業務を行っているOulutechと地域開発企業であるOulu
Innovation,Medipolisの運営母体であるMedipolis GMP,オウル大学に対するヒアリングを行った.
Oulutechの出資の構成は,オウル大学の基金が30%,Technopolisが30%,国営ベンチャーキャピタルであるSITRAが40%となっており,起業のための様々なビジネスサービスを提供している.Oulu
Innovationは2005年の始めに設立された新しい組織で,オウル地域のハイテク科学技術のビジネスを助成するためのプラットフォームとなっている.Oulu
Innovationの業務の中で最も重要なプロジェクトは,オウル地域のCoEプログラムと,Oulu Growth
Agreementと呼ばれるオウル地域の経済戦略へのコミットメントである.なお,Oulu
Innovationに対する出資比率はオウル市が76%,Technopolisが24%となっている.
Medipolis GMPは,1996年にはじまった地方の開発プロジェクトを受けて2001年に設立された有限会社であるMedipolis社の100%子会社である.オウル大学病院と回廊で結ばれた土地に5階建てのバイオインキュベーションセンターが建てられており,その運営をMedipolis社が担当している.GMPとはWHO(世界保健機構)が規定する,医薬品製造の国際規格基準であり,製造管理・品質管理に関する国際的な標準規格である.同社は前例のない医療分野で試験的に用いられるもの医薬品などを少量生産している.
次にオウル大学であるが,今回のインタビューではオウル大学で教鞭をとる外国人教授(ドイツ,オランダ籍)にインタビューをすることができた.起業家でもある外国人の目から見たフィンランドのイノベーションシステムというテーマでのインタビューとなっている.
OulutechとOulu Innovations
議論の前提として,サイエンスパークにおける大学の役割についての質問を投げかけたところ,サイエンスパークにおいては必ずしも大学がリーダーシップをとるとは限らない.大学は時に過剰にアカデミックであり,企業がその傾向を嫌うこともある.
実際,テクノポリスやCoEプログラムにおいては,企業がリーダーシップを取るケースがほとんどだ.またオウルにはVTTがある.VTTは大学よりも産業界に近い.オウルにとってのVTTは,他の都市にとってのVTT以上の存在意義があるという返答を得た.
しかし,VTTもその設立当初から上記のようなスタンスを取れていたわけではなさそうだ.Oulutechのシニア・アドバイザーであるKari Hopia氏は,「VTTはオウルに来た当初は,それほど大きな施設ではなかったが,マーケティングという意味では大変大きな意義があったと.オウルのVTTの初代のディレクターはフィンランドでは大変よく知られた人物であったからだ」と指摘する.
その後のオウルの発展についても,VTTのプレゼンスを強調すると同時に,密なる産学官連携による開発プログラムの効率性の高さを指摘している.
例えば,VTTはTEKESやSITRA,EUや企業の異なる技術開発プログラムを共同で実施している.第4世代携帯電話開発においては,大学やVTT,企業が一緒になってプログラムに取り組んでいる.ある企業がモバイルアプリケーションを開発したとき,迅速にテストを行うことができるといったメリットもあると述べる.
その意味でもし,オウルを成功した産業クラスターの例としてみるのなら,今日の成功は運ではなく,30年にわたる進化の結果だと見るべきだ.なぜならその間の努力の結果として,90年代後半にはハイテクセクターで多くの雇用が生み出されたからだという.
Oulutechは94年に設立.インキュベーションには現在15社が入居,ビジネスディベロップメントでは160のケースを実現し,現在までに35社に対して起業支援を行ってきた.
Oulutechのミッションは,起業化を支援し,ハイテク分野でイノベイティブな企業を育てるための様々なツールを提供することにある.ビジネスプランの評価を行ったり,国際的な技術移転のためのネットワークを築いたり,シーズをビジネス化するための資金提供を行う.
また,私的な投資家やベンチャーキャピタルとローカルな企業の間の橋渡しのためのミーティングを開いたりもする.国内外から投資家をオウルに招き,企業にプレゼンテーションを行わせる.成功するかどうかは企業しだいであるが,ヘルシンキにわざわざ出て行かなくても資金を獲得する機会を見つけることができるし,可能性を持った企業が海外のマーケットに出て行くための機会にもなりうる.
また,資金という面ではさらにいくつかの特徴がある.OulutechはTULI,YRKE,LIKSAといった国レベルのファイナンスツールの運営をTEKESやSITRAから任されている.
TULIは大学や研究機関に対して提供されている.企業に対するものではないので,資金が提供される段階ではスピンオフ企業などを作っておく必要はない.YRKEは新しいアイデアを持ったスピンオフ企業に対して提供されるものである.LIKSAは企業がビジネスプランを作成するために提供されている.将来的には様々な投資家の前でプレゼンテーションを行って資金を獲得することになるが,その準備をするための資金となっている.
また,ビジネスサービスとして重要なネットワーキングサービスであるが,NOITAやビジネスエンジェルフォーラムと呼ばれるツールを持っている.NOITAはビジネス経験豊富な人々によって構成されるローカルなネットワークである.このアドバイザリー委員会が起業家に対して企業運営の方法論などについてアドバイスを行う.
ビジネスエンジェルフォーラムは地域のビジネスエンジェルとSITRAが持つINTROネットワークという投資家ネットワークからの参加者で構成されている.特にスタートアップ企業とビジネスエンジェルを結びつけ,投資を実現させることを主眼としている.
このほかにも様々なレベル・分野の専門家ネットワークを持っている.
これらの枠組みの元で,Oulutechは年間に150ほどの企業からのコンタクトを得ているが,大学からのコンタクトに比べて企業からのコンタクトは約2倍となっている.フィンランドでは大学からのスピンオフを奨励しているが,この数字を見る限り,新たなビジネスのアイデアは主に企業かビジネスというバックグラウンドを持っている人から生まれていると考えられている.また,廃業数についてであるが,これまでに45社の支援をしてきたが,5社が倒産しているが,認識としては「それほど多くは無い」と感じているようであった.Oulutech社に対するビジネスコンタクト数の推移を見ると2002年に落ち込みが見られるのだが,これはITバブルの崩壊によるものだという.
しかし,例えばSONERAは90年代を通して行ってきたいくつかのプロジェクトを終了させており,これによって数多くのSMEが苦しむことになったが,生き残りに成功した会社は多いと述べている.
今後のオウルについてはであるが,5000の新規雇用を2010年までに生み出す計画を立てている.しかしこれにはいくつかの条件がある.願わくばNOKIAのプレゼンスが最低でも現在と同じ程度で維持されることが最良のケースであるという.また,NOKIAの下請けがオウル地域で生産を行うというシナリオも実現して欲しいと考えているようだ.
これについて,オウルはNOKIAへ過度の依存していないか?NOKIAが倒産することは考えられないか?と質問したところ,
「確かに依存しているだろう.しかし,その他にも成長の可能性を持った企業はいくつもある.(ノキアへの依存は)その点では意思決定の問題であるといえるので,マネージしていくことは可能だろう.例えばノキアがここでのプレゼンスを小さくしていくとしてもそれはある日突然起こるものではないはずだ.
ノキアはフィンランドでの1000人規模で雇用を拡大しているし,生産部門が海外へ出て行っているが中国やインドに拠点を設けてはいてもそれは新たな市場に向けたものであるだろう.今後,我々が重点を置くべきことはSMEへの支援だ.この地域の多くのSMEは国際的に活動を行っているし,多くの可能性を秘めている.」と説明していただいた.
同地域における経済成長はSMEに支えられる部分が大きい.であるから,オウル自身も世界に門戸を開いておく必要がある.ローカルマーケットはきわめて小さいし,国内マーケットも小さい.だから起業家は国際的な感覚を持っていなければならないと強調している.
オウルの現状と将来のシナリオについての説明が主眼となったが,これに加えて94年以降に始まった国によるCentre of
Excellenceプログラムの説明も受けたので,以下に記しておく.
Oulutech設立と同じ1994年に始まったCoEプログラムは,特定の技術分野を世界レベルに引き上げることを目標にしている.オウルでは,情報産業とウェルネス産業を組み合わせたプログラムを実施してきた.我々の優れた無線技術とウェルネス分野の融合を図り,優れた成果を上げている.
このCoEプログラムは基本的に地域発のアイデアをふるいにかけて国が資金を提供するというものであるため,各地域がそれぞれの実情と戦略に応じたプログラムを策定している.オウルの場合,CoEに向けてフォーラムと呼ばれる集まりを持っている.
フォーラムには大学やポリテクニクス,VTT,企業といったアクターが参加し,それぞれのビジョン・意見を持ち寄って議論を行うのであるが,ここでは企業がリーダーシップをとっている.企業が何を考え,何を作り出していきたいのかといったことの報告に対して議論が行われている.
この点については「企業秘密といった考え方もあるが,我々の環境はコミュニケーションに対して極めてオープンなものであり,現在のところ有効に機能している.協力して何かを成し遂げようとするならば,オープンであることを心がけなければならない.それが良いフィードバックを得る秘訣だ」という考えを聞くことができた.
フィンランドでは各地で「face-to-face」「緊密なコミュニケーション」といった言い回しが聞かれたが,オウルももちろん例外ではない.Oulu
Innovationのプログラムディレクター,Illka
Frederiksen氏は「オウルのハイテクセクターはテクノロジーパークに集中しているので,face-to-faceのコミュニケーションは容易だろう.ハイテク企業は地理的にも近い距離にあり,互いに顔見知りでもある.食事をしたり仕事をする場所が近いので緊密な関係を保つことができる」と述べ,Kari
Hopia氏も「アメリカにもテクノロジーパークがある.その近くには仕事後に様々な人々が集まって食事をしたりビールを飲んだり議論をするための特別な場所が設けられており,ネットワーキングの機会となっているが,オウルの場合は違う.仕事後だけではないのだ.コミュニケーションはとてもシンプルだ.互いに顔見知りだし,Illkaのいうとおり,大学の同級生が数多くこの地域で働いているというケースは珍しくない」と言う.
実際のところ,集積が進めば進むほど物理的空間は広がっており,テクノポリスサイエンスパーク自体も徒歩で移動するには少々広すぎるという感はあるが,Hopia氏が指摘するとおり,公式非公式に人々が参集し,ネットワーキングの機会が自然に出来上がっているという光景は各地で見られた.
この考え方はCoEプログラムの策定にも大いにその力を発揮しているとHopia氏は指摘する.つまり,サイエンスパークのコンセプトは建屋だけでなくもっと広範なものであり,開発プログラムなどのソフトウェア的側面も含まれるべきだということだ.
CoEプログラムにおいては,オウルでも先のフォーラムを通じて大学・産業・市が協力してプランを練り上げている.オウルの現状をかんがみてどのような計画であれば地方の産業に貢献できるかという議論を経て立てられたプランは政府によるセレクションの結果,他の地域よりも大きな額の資金を得ることに成功している.
Hopia氏は「このケースからいえることは,地方におけるアクター間の協力がとても重要だということだ.日本の場合は政府機構が中央集権型のようなので,このような協力は機能しない場合があるだろう」と指摘する.
日本との比較という点では,90年代以降の産業空洞化と産業クラスター計画に話が及んだ.実際,オウルの製造業でも海外移転が起こっているが,オウルでは起業も盛んに行われており,その意味ではバランスが保たれているという.
Hopia氏は「我々は工場を誘致したいのではない.工場誘致に関する議論は長い間行われていないかわりに,国際市場での活動を目指すスタートアップ企業を惹きつけるように努力をしてきた.
なぜなら,このような企業が国内ではなく,海外で顧客を見つけて取引を行っても成長を実現することは可能だからだ.確かにSMEは成長を志向しているが,必ずしもここに工場を立てる必要はない.この地域の企業も工場を持っているがそれはロシアや東欧諸国,中国やインドにある.
オウルが成功している理由の一つはこの国際化志向にある.サイエンスパーク内の良好なネットワーキングだけではなく,多くの起業家が自らの企業を国際化することに大変意欲的だ.英語能力も高く,様々な国を頻繁に訪れている.彼らは大企業の中にあるわけではないから,初期段階から熾烈な競争に直接さらされる.だから国外の競争相手がどのようなことをしているかを知るためにも海外に出向いていかなければならないのだ.
このようにフィンランドの起業家は大変国際化志向が強い.オウルは何十年もの間,そのような起業家を支援してきた」と述べる.
転じて日本に目を向け,燈田氏が「国内のマーケットのサイズが十分に大きいが,日本の企業の収益の過半数は海外取引である.ただ,日本企業は外国をセールスのための市場として見てきた.状況は多少変わりつつあるが,海外に研究拠点を持とうという意思はあまり見られない」と説明したところ,Hopia氏は「日本でイノベーティブな新しいクラスターを作ろうと思うなら,市場全体を作り変えなければならないだろう.スタートアップ企業や新しいアイデアが入り込む余地を確保する必要がある.その意味では我々のモデルはフィットしないかもしれない.なぜなら,我々は非常にオープンなビジネス環境にいるし,新しいアイデアは受容されやすいからだ.
フィンランドは80年代まで,「閉じた経済」であった.貿易相手としてソ連の占める割合は非常に高かったが,ソ連の崩壊に伴って,90年代初めにはこの方向性を変えることに成功し,起業家達は新たな市場を西ヨーロッパやアメリカ,日本に求めるようになった.当時と比べるとずいぶん環境が変わったのだ」と答えている.
Medipolis GMPについて
メディポリスGMPはオウルの地域開発プロジェクトとしてスタートしたものであるが,CEOのPirkko Suhonen氏によると,「大変巨額の投資が行われているが,まだ結論を出せる段階にはない」という.
ヨーロッパでは,バイオテクノロジーというとバイオファーマのことを指す場合が多い.医薬品開発には長い時間と大きな資金が必要であり,すべてのプロジェクトが成功するわけではない.オウルにおけるバイオ分野はまだ始まったばかりだ.
オウル大学のPeter Neubauer教授はこれに補足を加えている.「フィンランドには大規模な製薬会社が無いので,多くの化学会社は製紙産業との関わりが強い.対して電子工学は様々なアプリケーション分野と結びついてオートメーション技術や計測機器技術といった適用分野が発展しており,フィンランドが市場に提供する製品の幅を広げてきた.」
これについて,ノキアは成功してきたが,エレクトロニクスの周辺科学としてバイオがあるというのがあまり認識されていないと考えてよいのかと質問したところ,Suhonen氏は「バイオテクノロジーとエレクトロニクスはオーバーラップする部分もあるのでオウルが持つ高いレベルの電子工学という利点を生かすにはどうすればよいのかを検討している最中だ.
電子工学の立場から見ればバイオテクノロジーはアプリケーションの対象だ.バイオテクノロジーの分野で必要とされているソフトウェアや機械の開発に威力を発揮することが期待されている」と述べている.
そもそも,Medipolis GMP設立の目的は,バイオ分野の小企業に対して,クリーンルームへのアクセスを安価で提供するというもので,初期の投資はオウル市によって行われた.
医薬品開発には非常に高度な施設や巨額の資金が必要であり,この分野の企業を立ち上げるにはその地域自体に潜在的能力や企業の集積が求められるが,インフラとしてこのような施設も不可欠なのだという.
しかし,Medipolis GMPがスタートしてすぐに,「我々はオウルだけで活動を行うのでは不十分だという認識を持つようになった.そこで活動の焦点を地域開発から転換した.現在は独立した私企業となっており,私を含むマネージメントチームがオーナーとなっている」.これがMedipolisとMedipolisGMP設立の経緯となっている.
Medipolis GMPはその意味で公営企業に近いが,大学教育とも非常に密な関係を保っている.その一例がResearcher
Entrepreneuership Programである.
Researcher Entrepreneuership
Programは博士課程の学生やポスドクが参加する起業家向けセミナーである.プログラムには大きく分けて二つのコースがある.一つはより一般的なテーマを扱うもので,講義やトレーニングが中心であり,オウル大学から多くの学生が参加している.もう一つは個別の専門領域に関わるテーマを扱うコースで,小グループが自らテーマを決定してビジネスプランを策定し,ファンドを得るための計画を立てるというものである.
このようなプログラムのほかにも,オウル大学やフィンランドアカデミーが同様のビジネスプログラムを持っている.
このプログラムの目的は二つあるとSuhonen氏は言う.「一つは起業家の育成であり,もう一つはビジネスの基礎的な能力を身につけさせるというものだ.そうすれば彼らには起業するか労働市場に労働力として参入するかという選択肢が生まれることなる」.
このような起業家育成プログラムが進んでいる一方で,この地方のバイオ関連企業の数についてはどのように評価するか?という問に対してSuhonen氏は,
「もっと増えなければならない.バイオの分野だけでなく,一般的に言ってフィンランド人は起業にあまり熱心ではないのだが,オウルでバイオ分野の起業が進まない一つの理由は,情報技術と電子工学の成功を目の当たりにしているからだろう.この領域はビジネスをはじめるのが容易だ.それに比べてバイオの分野は起業に多額の資金が必要であり,安価で利用できる実験室が必要である.
ソフトウェア開発を行うのであればコンピュータが自宅にあればよいが,自宅に実験室を作るわけにはいかないのだ.
現在はバイオテクノロジーといっても医薬品開発が大部分を占めているが,我々が培ってきたノウハウはバイオ関連の様々な分野に適応可能だ」という.
オウルだけでなく,フィンランドには5箇所のバイオテクノロジーの中心地があるが,これらの間のコラボレーションは活発なのかという問に対しては,
「活発に行われている.バイオテクノロジーセンターと協働する多くの国レベルの組織が存在している.Finnish Bio-industry
Association(フィンランドバイオ産業協会)はそのためのプラットフォームの一つであるし,ファーマクラスターのような産業クラスターもある.TEKELのようなプラットフォームも有効に機能している.
また,バイオテクノロジーに関しては4つのクラスターがある.ファーマクラスター,診断技術クラスター,バイオマテリアル,産業バイオテクノロジーフォーラムだ」と述べている.
オウルは地域産業クラスターの構築に成功しているとはいえ,北極圏の人口12万の小都市である.首都から800kmも離れた彼の地で外資系企業も含めた産業クラスターが成立し,優れた技術者や科学者が集まりえた要因には様々な解釈があるだろう.
この点についてNeubauer教授は,「オウルは50年代・60年代から「どのようにオウルに人を呼び込めばよいか」を検討し,様々な策を講じてきた.その一例は,生活コストだ.たとえばミュンヘンで良い大学に属して,研究や教育に参加すればそこにすんでいるだけで非常に高いコストを負担することになるが,オウルでは生活のためのコストは非常に安価でしかも良質だ.人を惹きつけるには大変重要な要素だろう」と述べる.
これに対してSuhonen氏は,「自然環境のようにコストに換えがたい優れた環境というものもある.社会環境という意味では,優れた公共交通システムもあるし,空港からはヘルシンキだけでなく,ストックホルムやコペンハーゲンに直接飛ぶこともできる.その意味で,われわれはヘルシンキから「独立」しているといえる.
海外との直行便の就航はオウルから世界に出て行く際にも大変重要であるが,逆に海外からオウルへの来訪が増えるという部分も重要だ.国際的なビジネス機会を確保するという点で大きな意味を持っている」と加えている.
このSuhonen氏の指摘は先のHopia氏による国際化の説明と同様に,オウルが高い「自立心」を持っていることを示している.極北にあって,その国の首都ヘルシンキに依存しないという選択をはかりつつある様が見えてくる.
オウル大学について
ドイツ人であるPeter Neubauer教授とオランダ人であるAndre Juffer教授に対して,外国人研究者の目から見たフィンランドのイノベーションシステムというテーマでインタビューを行った.両教授はオウル大学の学部横断組織,バイオセンターのメンバーである.
まず建物の案内をしていただいたのだが,そこでNeubauer教授は「建物の構造はコラボレーションのアイデアを大変強く意識してデザインされている.オウルのバイオセンターも他の大学には見られないような,コラボレーション型の組織だ.
バイオセンターというと普通は産業・企業の研究センターだと考えてしまうかもしれないが,ここは大学の研究センターであり,大変フラットな組織構造を持っている」と述べている.
バイオセンターのメンバーは4年に一度,アプリケーションを出して評価を受けた上で決定される.評価自体は論文を中心に行われる.2004年は2つのグループが新たに加入し,2つのグループがバイオセンターを去っている.
大きな研究資金が確保できるという点がバイオセンターのメンバーになる最大の利点だろう.また,バイオセンター自体が大学院を持っており,100人以上の院生が在籍しており,院生が研究プロジェクトのメンバーになることも可能で,高度な研究成果に触れる機会が保障されているという.
Neubauer教授に母国ドイツの大学との違いを伺ったところ,フィンランドを特徴付ける言葉は「Society of
Trust」であるとのことだった.Society of
Trustの意味するところは,「共同して働く者を得たならば,その人がベストを尽くすということを信じなければならないということだ.フィンランドはその意味でヨーロッパでもっともロスの少ない社会だと言える.ドイツは逆にロスのもっとも多い社会だ.だから全てのことに法律・規制を作ってしまうのだ」という.
Neubauer教授によれば,フィンランドでは,教える方法や内容に関しては一切指示がない.しかし,ドイツではそうはいかない.教える内容については細かく指定されてしまうので創意工夫には初めから限界がある.フィンランドはそれが無いので様々な工夫が可能であり,それが創造性の発揮へと繋がっていくのだという.
フラットな組織環境でオープンな議論が可能だというが,フィンランド人はシャイだという話も聞いた.その食い違いについてはどう考えているかという問に対してNeubauer教授は,キャリアパスと時間の概念に対するフィンランド人の認識という点から,以下のように説明をしている.
「オウルの歴史を振り返ると,ノキアを取り囲むように大学からの多くのスピンオフ企業が誕生しているし,多くの大学での研究成果が活用されている.また電子工学科を出た多くの学生がそこで働いている.しかし,バイオメディカルの分野ではそうではない.オウルはヨーロッパの中心地ではないし,企業の集積も未熟だ.多くの学生が卒業後に別の地域へと出て行く要因が整ってしまっている.
であるから,できる限り自分自身をオープンな態度に保っておかなければならない.オウル大学は比較的小さな大学だが質の高い研究者がそろっている.多くの研究者が海外での研究経験を持っており,逆にオウル大学に研究者が来ることも歓迎している.もちろん,当初はこのような状況を作り上げるために苦労したが,質の高い研究を実現するために様々な協力関係を作ることに何とか成功してきた.
また,実際の産業に関わるプロジェクトに学生を動員することもあるのだが,それを機会として捉え,プロジェクトのメンバーとなる学生を信じて個人的にトレーニングを施していくことがある.フィンランドではこのような形で一緒に働く人々を信じること文化がある.
時にはそのようなトレーニングに時間がかかることもあるのだが,フィンランドではそういった「時間」の概念が希薄だ.ドイツであれば28歳までにはPhDを取得しなければならないとか,何歳までにはこれをしなければならないといった,区切りがあるが,フィンランドでは例えば8年かけて博士論文に取り組んでもかまわない.フィンランドではPhDの3年目4年目以降でもドイツにおけるポスドクと同じような立場でいることができる.
フィンランドについて学ばなければならなかったことは,「時間」が重要な役割を持っていないこと,そしてフィンランドは長期的な視点に立って能力の育成を行っていることであった.」
Neubauer教授のドメインはマイクロバイオロジーであるが,オウル大学が非常に得意とするエレクトロニクス部門との共同研究にも関わっているという説明を受け,燈田氏からマーケティングコンサルタントとして,例えば日本でエレクトロニクス分野の小企業があっても,このようなシーズがフィンランドにあることをほとんど知らないわけだが,その点についてはどうかんがえるか?という質問が出た.
これに対してNeubauer教授は,「フィンランドには多くのフォーラムがある.テクノポリスのような組織がこれを運営し,そこには様々な分野から専門家が定例会議に集まってディスカッションを行うが,そういった機会以外でもことあるごとにオープンな議論が展開されている.しかし,そのような行為に参加する人々は十分な数にいたっていない.このような場により多くの人々が参加すべきだと考えている」と述べた上で,
「残念ながらいくら科学者をトレーニングしてもマーケティングと専門分野両方に精通することは難しいと言わざるを得ない.それならこのような機会を利用して,マーケティングならマーケティングの専門家と密な関係を築き上げる方がよほど効果的であるだろう」とも答えている.
Neubauer教授自身は国際共同研究よりもオウルでの共同研究を重視するのだという.これは,国際的になるほど,コンタクトを維持するのが困難になるからであり,その点ではオウルであれば会いたいときにいつでも会える.共同で開発を行うといった場合であれば,モチベーションを持った人物が一定の期間,オウルに来て共同研究を行い,成果を持って帰国するという形でなければ成果は上がらないのではないかと考えているようだ.
オウルはフィンランドの中でも,あるいは世界的に見てもなクラスター形成がもっとも成功した例のひとつであると言われる.また,各地でインタビューを繰り返す中で,たびたび「サクセス」という言葉を耳にしている.この点について,フィンランド人はサクセスという言葉を良く使うが,あまりマネーにはこだわっていないような印象を受けている.そのあたりはどう思うかと質問したところ,
「例えばTEKESのファンディングは額が少なすぎるため,バイオ企業のように長期間の開発フェーズを持つ企業にとっては不利な環境となってしまう.しかし,フィンランドの企業はそのことについてあまり言及しない.そのことについて口にしなければ,もっと長い研究期間を確保することができるからだ.
ドイツであれば人々はもっと企業の市場での成功をせかす.だから,フィンランドの文化としてあまりそれを口にしないのではないか.
また,ドイツのように一つのプロジェクトに巨額の資金を投入しても,プロジェクトは失敗することもある.フィンランドでも同じようにプロジェクトが失敗する可能性もあるが,それぞれのプロジェクトのサイズが小さければダメージも少ない.だからフィンランドはキーエリアを持ってはいるが,キープロジェクトではないのだろう」という意見をいただいた.
Neubauer教授はインタビューの最後に,フィンランドの文化的側面に触れ,繰り返しになるがフィンランドは,Society of
Trustという言葉がキーワードだ.ドイツは自らの力を最大限にしようと努力するが,フィンランドでは人々は「社会の一員である」という意識が強く,寛容さが何をもたらすかについて理解しているように思える.例えば,ある人物がオウル大学の大変優れた教授であっても,それ自体にはあまり意味が無い.一人で全てを成しえるわけではないからだ.オウルを前に進めていくためには,他の人々とのコネクションが不可欠だ.なぜならオウルは辺境だからだ.私はポーランドとの国境に近いドイツの辺境の大学から来た.確かにその大学も優れた科学者が集まっているのだが,「協力」が無い.だから私は,辺境においては協働を行う以外に発展の道は無いのだと感じていると述べている.
もう1人のインタビュー対象であるAndre Juffer教授はオランダ国籍のバイオコンピューティングの研究者である.
まず,オウル大学と他の大学を比較して,フィンランドと他の国を比較してどのような印象を持っているか?とたずねたところ,「オウルのやり方は何事においても大変フレキシブルだ.他の大学や研究機関はほとんどの場合,様々なプロセスが厳しい統制下におかれている.この点がオウルのアドバンテージだと思う.研究に多くの自由が認められていることは,その研究を進めていく上で極めて重要だ」と答えている.
次に大学から視野を広げ,サイエンスパークという場についての評価を尋ねた.ここでも,最も重要な要素はコミュニケーションであるという見解を聞くことになった.
Juffer教授によれば,「ヨーロッパのサイエンスパークには様々な態様がある.オウルにおいては,性格の異なる組織機関が結集してサイエンスパークを作っており,様々な産業分野のユニットが集積しているが,クラスターシステムとして最も重要なのはコミュニケーションだ.大学や企業から集まった人々が基礎研究から応用研究,商業化までの情報の流れを作っている.
そのプロセス全体の中で重要な役割を果たしているのはTEKESだ.TEKESの役割はシーズに対してファンディングを行い,ビジネスの軌道に載せるためのサービスを行うというものだ.TEKESは3つの段階(tier),すなわち①大学における基礎研究の段階,②技術移転の段階,③商業化の段階全てにコミットしている.
また,これらのプロセスには障壁がほとんど無い.例えばこのプロセスにおいてのペーパーワークは極めてフレキシブルでシンプルだ.これは他の国では考えられない.
フレキシビリティーという点ではバイオセンターも例外ではない.他のリサーチグループとの協働は頻繁に行われているし,このような情報のフロー,情報の交換は新たなアイデアや可能性の源泉となっている」としてコミュニケーションの流れが間断なく存在していることを高く評価している.
Juffer教授はバイオコンピューティングのベンチャー企業のCEOでもある.オウルに来てから起業したという彼が,企業の手続きについての体験を語ってくれた.
まず手続きそのものであるが,5分で起業できるという.無論,企業のタイプにもよるのだが,Juffer教授の場合はもっともシンプルなものだった.社員は一人で,有限会社でもないため,非常に簡単な手続きで済んだとのことである.「私と同じ方法でよいのなら,事務所に出向き,2ページ程度の書類に記入するだけで登記は終了だ」と述べている.
つぎに起業にあたっての資金についてであるが,フィンランドの多くの企業化の例に漏れず,TEKESからの資金援助を受けている.フィージビリティ・スタディのためにTEKESから小額ではあるがフィージビリティの検証には十分な資金援助を受けたと述べている.
これに対して,5分で起業できたのは,3つあるのではないか
①必要とした資金が小額であったこと
②事前にTEKESとface-to-faceのコミュニケーションが成り立っていたこと
③彼自身が持っていたアイデアが評価された
どれが中心なのか?との質問を投げたところ,1つ目はYesで,2つ目はNoだとの返答があった.つまり,現在はTEKESとの協力があるが当時は無かったということであり,純粋にアプリケーションが評価されての資金獲得であることを示している.3点目についてはおそらくYesなのだろうと述べている.
これは,フィンランドではバイオインフォマティクスやバイオコンピューティングの分野が非常に盛んになってきており,まだまだ発展の余地のある分野であるだけに,他のビジネス分野に比べて高く評価されたのだと思うと説明している.
しかし同時に,「バイオテクノロジーの分野は難しいだろう.この分野では様々問題が発生しており,医薬品開発は制限も多く,多額の資金が要求される分野でもある.しかし,今後どんなことが起こるか目が離せない分野だ」とも述べている.
オウルでもトゥルクでもバイオテクノロジー分野におけるビジネス開発にはそのリスクの高さゆえの問題が付きまとうが,アプリケーション技術の開発が目立っているように見受けられた.
同教授のドメインはバイオコンピューティングであるが,このようなインターディシプリナリーな分野と彼自身の企業との関係についても教えていただいた.
Juffer教授の会社はソフトウェア企業であり,ライフサイエンス分野のソフトウェア開発を行っている.顧客はバイオメディカルやバイオテクノロジーをドメインとする企業で,複雑なシミュレーションを開発したり,ウェブサイトを構築したりといった業務を行っている.また,教員としての研究の面においてはJuffer教授の研究グループが理論的なモデルを研究し,体内でどのようなことが起こりうるかをシミュレートするプログラムを開発している.
このようなインターディシプリナリーな活動を行う企業を起こす場として,オウルが優れていると思うか?という質問をしたところ,インターネットがあるので,このような企業は地理的にどこにあってもそれはさほど問題にならない.ライフサイエンスの分野としてはオウルは発展途上なので,その点ではフィンランドのバイオ研究の中心地であるトゥルクが適切な場所なのだろうがトゥルクはすぐ近くにあるので,その点もさほど問題ならないとの答えをいただいた.
Juffer教授はフィンランドのほかにもカナダで大学教員の経験を持っている.この点からの意見を伺うため,「カナダもドイツもテクノロジーは先進国の部類に入る.フィンランドはノキアがあるが,本当にコンピューティング,バイオコンピューティングの分野でジャンプアップしていくことができると思うか?」という質問を投げた.
これに対してJuffer教授は,「簡単ではないだろう.フィンランドは地理的な意味では大きいが人口的な意味では小さい国だ.人的資源という点で苦しむことになるのではないか?また,フィンランドは国際化の潮流の中で多くの外国人研究者を招きいれ,それぞれの分野を発展させようとしている.そのための施設整備がローカルなレベルでも盛んに行われている.
すると今度はフィンランドのマーケットの小ささも問題になってくる.国内のマーケットだけを視野において置けばよいわけではない.グローバルレベルでのビジネスを志向したりネットワーキングを行っていかなければならないのだ.それに成功できればチャンスは大変大きくなるだろう」と述べている.
この点は,バイオコンピューティングに限らず,現在フィンランドが取り組んでいる産業振興策の全ての分野にあてはまる.
また,外国人の視点として,フィンランドは2010年までに世界でもっとも成功した3つの国に入ると宣言しているがそれについてはどう思うかとたずねたところ,
「EUは,地上でもっとも成功した組織になり,アメリカに勝つのだという目標を立てている.フィンランドはEUの一員であるので,EUが成功すれば可能性はあるだろう.
しかしEUは優れた組織である反面,きわめて官僚的な組織だ.時としてきわめて縦割りな部分があり,そういった点を批判する声も多い」と解説している.
この点について補足しておく.フィンランドはこれまで国内の開発にEUの構造基金を非常に有効に利用してきている.EUによる構造政策とは,EUが深化と拡大を通じた統合を強力に推進する上で,加盟国間・地域間の経済力・社会面における格差の是正を一つの重点分野として位置づけられているもので,この構造政策の財源にあたるものが構造基金である.同政策は,EU予算のうち共通農業政策に次いでEU総予算の3分の1を占める主要な支出項目となっている.
2010年に最も成功した3つの国に入るという宣言が実現するとすれば,どの分野の産業が育つ必要があると思うかという我々の質問に対しても,EUとの関連から,以下のように答えをいただいた.
「EUが成功しない限りはトップ3に入るのは無理だろう.フィンランドは国内の市場が小さすぎる.「最も成功した」という言葉自体の定義にもよるだろうが,フィンランドは国のサイズからすると十分成功していると言える.実際,90年代初めの深刻な経済後退を経験した後,ヨーロッパで最も成功した国になったともいえる.
つまり,相対的には「最も成功した」と言えるが,絶対的な数字としては国のサイズが小さすぎるのだ」.
また,育たなければならない産業分野については国内で行われているファンドの配分とそれぞれのファンドの性質の組み合わせの問題が浮かび上がる.すなわち,「ファンドの配分を見ると,フィンランドアカデミーは自然科学,バイオテクノロジー,メディカルサイエンスといったカウンシルを持っており,これらのフィールドに支援を行っているが,今後はインターディシプリナリーな研究が深化していく必要があるだろう.インターディシプリナリーな研究は政治家からの指示で行われるものでは不十分だ.このような研究が省庁やフィンランドアカデミーのから支援を受けられるよう,機会を拡大しなければならない.
個人的には,分野横断的な研究は非常に将来性が高いと感じている.しかし現在のところ,フィンランドアカデミーはインターディシプリナリーな研究に対してのファンディングを行っていない.インターディシプリナリーな研究について,もっと真剣に取り組む必要がある」とのことであった.
一般にフィンランドでは重層的・複合的なファンド支援体制が整っていると考えられているが,ファンドを受ける立場の研究者からの発言の意味を重く受け止める必要があるだろう.
テクノポリス・サイエンスパークにおける産学官協力
「1958年に大学が設立され,60年代に今日の基礎となるような重要な産業(電子工業)がオウルに来たことで,オウルの人々は,大学は現在そこに存在する産業に貢献することだけでなく,将来そこで発展していくべき産業のための研究・教育を行うべきだと考えるようになった.エレクトロニクスやバイオメディカルの分野はその典型であろう」とSuhonen氏は言う.
オウル郊外に広がる広大なサイエンスパークに集積した企業,研究所,教育機関はそのような考え方が具体化したものであるといえる.
我々は,燈田順子・天野圭二(2005)「「場」を動かすナレッジ・イネーブリング-フィンランドの産業クラスターモデル-」『組織学会2006年次大会報告要旨集』において,以下のように論じている.
「ただでさえ,知識集約度の高いハイテク産業においては産官学間のネットワークによる知識・情報の交換・共有は重要な意味を持つ.大学内に多数のベンチャーが散在し,知識創造が進む過程で,クラスター内の不足分野を補強するための新たな企業が誕生し,地域の知的資源が循環する.しかし,オウルモデルを独自の産業クラスターとして発祥させ,継続的飛躍を遂げている要素はこのような形式上の特徴だけでは説明がつかない.
オウルではface-to-faceあるいはwalking
distanceで様々な資源にアクセスが可能であるということに示されるように,知識創造の場を活性化させるために組織的にenabling
conditionの整備を実施してきたことが産業クラスターによる地域の活性化成功の大きな起因となっているのである.そこで,オウルモデルをknowledge
enabling conditionの実現という観点から分析してみると以下の点を指摘することができる.
第一に,場作りという点ではもともと街の規模が12万人程度と小さく,近接する大学や病院,インキュベーションセンターでは皆が知り合いであるというように産官学間の協働が緊密であり,同時に物理的空間としてのインキュベーションセンターや周囲のレストラン・バーがイネーブリングコンテクストとしての場としても機能しているということ.
第二に,ビジョンの浸透という点では,Technopolis社のボードミーティングにおいて,「オウル地域審議会としてオウル市長が議長となり,オウル大学長,VTTオウル所長,知事,商工会議所,通産省,労働省等がスクラムを組み,各関係部署のトップが共通認識を持つようにした
」との指摘があるように,地域レベルでknowledge
visionの浸透が図られている.これは,会話のmanagementによって内外からの刺激をクラスターに浸透させるという適切な知識の場作りが効果的に実施されてきたということを示したものである.クローらは「会話は依然として社会的意識を生み出すアリーナ(現代のアゴラ,集会の場)」であると指摘する.このようなアリーナもオウルモデルを構成する重要な要素の一つといえよう.
第三にknowledge activistについては,同社の事業コンセプトにおいてenabling
conditionの整備に重要な観点を提供している.企業間ネットワークの構築を主眼とする同社の事業は産官学機関を集積させ,相互作用を生み出すための媒介役を果たす.具体的には「企業,大学と各組織を回り,歩いては話し,歩いては話すのが実際の業務である」
という点から組織として会話をマネージし,knowledge activistとしての機能も負っていることがわかる.
以上のように,極めて日常的な知識の衝突と融合は,オウルにおけるsocial
knowledgeの獲得・知識創造のスパイラルの形成にとって最も重要な要素である.この流れの中でTechnopolis社は,サイエンスパークという場を動かすenablerとしてSECIモデルを促進するための土台を意識的に提供するという社会的機能を果たしているということができる.」
しかし,このような成功要因の裏には更なる検討対象要因が含まれていることがヒアリングの過程で明らかになってきている.これらの課題についても引き続き,検討していく必要がある.
2005年 視察スケジュール表
| Helsinki | |||
| 8/20Sat 8/22Mon 8/23Tue | PM AM PM AM PM | 12:00 14:30 8:45-9:00 9:00-10:00 10:00-11:00 11:00-12:00 13:00 | Hotel Free 日本大使公邸 Ministry of Education Otaniemi Marketing Technopolis Venture Otaniemi Internationa Innovation Center VTT Technical Finland Ministry of Trade & Ind. |
| Vaasa | |||
| 8/24Wed 8/25Thu 8/26Fri | AM PM AM PM AM PM | 9:15 8:50 10:00 free | U. of Vaasa Merinova Variska School in Vaasa Levon Institute Regional Economic and Employment Centre |
| Jyvaskyla | |||
| 8/27Sat 8/29Mon 8/30Tue 8/31Wed | AM PM AM PM AM | 9:10 9:30-11:45 11:45-12:45 13:00-14:00 14:30-16:00 9:00 13:00 | Leaving for Juvaskyla Sokos Hotel in Jyv U of Jyvaskyla U of Jyvaskyla Agora Center Nanoscience Center Jyvaskyla S. Park VTT Prosesses Jyvaskyla Regional Development Company Jykes |
| Oulu | |||
| 9/2 Fri PM 13:00 Oulutech Ltd Senior Advisor,Kari Hopia Oulu Innovation Ltd & Multipolis Program Director,likka Fredenriksen 9/5 Mon AM 9:00 University of Oulu Prof. Peter Neubauer Prof. Andre Juffer PM 13:00-15:00 MEDIPOLIS GMP CEO, Pirkko Suhonen 16:00 City of Oulu Proiect Planner, Ata Bos 9/6 Tue AM 9:00 VTT, Technical Research Centre of Finland Senior Research Scientist, Markku Kansakoski | |||
| Turku | |||
| 9/8 Thurs PM 12:00 Turku School of Economics and Business Administration Managing Director , Jaakko Kuosmanen 14;00-16:00 Turku Polytechnics Research Manager , Tony Wahlroos Director , Saara Lampelo 30min FermLab Oy Managing Director , Ari Batsman 9/9 Fri AM 9:30-10:00 Turku Area Development TAD Centre Business Development Officer , Megumi Hayashi POTKURI Turun Seudun Yrityspalvelukeskus projektipaallikko , Timo Konttinen projektisuuittelija , Vesa Jalava PM Joint Biotechnology Laboratory, University of Turku Director of Research , Juha P. Himanen 9/12 Mon AM 9:00-10:00 University of Turku Prof Harri Lonnberg 10:00-11:00 Turku Science Park Marketing Manager , Esko Sorakunnas Turku Bio Valley Ltd Project Manager , Hanna Halme Managing Director , Kai Lahtonen PM 12:30-13:30 Bio Incubator and Business development at Turku SP Manager, Tapio Hurme 13:30-14:30 Hagoromo PJ Presentation 16:30-17:30 TEKEL Mr. Kyosti Jaaskelainen 18:00 Dinner Managing Director Kari Toivonen 9/13 AM 10:00-11:00 Labmaster Ltd Managing Director , Teppo Laaksonen 11:00-12:00 Arctic Diagnostics Oy Chairman & CEO , Erkki Soini PM 13:00-14:30 Center of Biotechnology, in "BioCity" Laboratory Manager , Rolf Sara 14:35-15:30 BIOCIS PHARMA Ltd. PhD. Assistant Professor, CEO Lasse Leino 15:30-16:30 VTT, Medical Biotechnology Depertment PhD. Decent, Chief Scientist , Harri Siitari | |||
| Helsinki | |||
| 9/14Wed | PM | 9:00-12:00 | HUT |
| 9/15Thu | AM PM | SITRA・TEKES Espoo - Vantaa Institute of Technology | |
Helsinki 2005
視察期間:8/20~23日 滞在ホテル Scandic
Continental Helsinki
8/20 Helsinki到着
8/22 Am: Free
12:00~ 日本大使公邸

14:30~ Ministry of Education(教育省)

8/23 8:45~9:00 Otaniemi Marketing


9:00~10:00 Technopolis Venture
10:00~11:00 "Otaniemi Internationa Innovation Center"

11:00~12:00 VTT Technical Finland


13:00~ Ministry of Trade & Ind.(通商産業省)

Vassa 2005
視察期間:8/23~28日 滞在ホテル Radisson SAS Vaasa
8/23 18:30 Vaasa到着

宿泊ホテル Radisson SAS Vaasa タクシーで向かう
8/24 9:15 ホテルから大学運行バスでUniversity of Vaasaへ
9:30 University of Vaasa到着 Meeting
with professor Kari Ristimaki
--------------------概要--------------------
Technobothnia Laboratory in University campus.
Host Bjorn Schauman

12:00 Lunch in University restaurant Matilda
13:00~15:00 Technology Center Mernova.
Host Technology Director Kari Luoma

15:45 Vaasa駅へ

8/25 8:50 ホテルから大学運行バスでVariska School in Vaasaへ
9:00~ Variska School in Vaasa.
--------------------概要--------------------
Theme: Entrepreneurship Education in Schools and school industry
co-operation.

12:00 Lunch
12:30~ Levon Institute, University of Vaasa.
--------------------概要--------------------
Host Director Jouko Havunen.
Theme: University-Industry co-operation and entrepreneurship
education in Vaasa

8/26 10:00~ Walking from the hotel
Regional Economic and Employment Centre (TE-Centre).
Host Director Kaj Suomela.

8/27 15:15 Vaasan Yliopisto University of Vaasa

17:00

ABO Akademi Vaasa

PM. Free
Jyvaskyla 2005
視察期間:8/29~31日 滞在ホテル SOKOS
HOTEL ALEXANDRA
8/29 Jyvaskyla
9:10 Dr. Korppi-Tommola meets the members of delegation in the lobby of
Sokos Hotel Alexandra
9:30~11:45 Agora Center, Mattilanniemi
Introduction to the University of Jyvaskyla
Dr. Sirkka-Liisa Korppi-Tommola, Mrs
Head of the Research and Careers Services
Innovation Activities and Partners in Technology Transfer
Dr. Janne Virtapohja, Mr. Innovation Manager
11:45~12:45 U of Jyvaskyla Agora Center,
Mattilanniemi
Lunch hosted by Vice-rector Timo
Tiihonen, Mr., professor in Mathematical Information Technology

13:00~14:00 Agora Center
Introduction to the Agora Concept
Prof. Heikki Lyytinen, Mr., Chairman of the Agora Center Board,
professor in Developmental Neuropsychology Docent Marja
Kankaanranta, Ms.

14:30~16:00 Nanoscience Center
Research Areas and Key Technologies in Natural Sciences
Prof. Jouko Korppi-Tommola,
(Chairman of the Steering Committee of Nanoscience Center,
Professor in Physical Chemistry)

8/30 9:00~ Jyvaskyla S. Park
13:00~14:00 VTT Prosesses
8/31 9:00~ Jyvaskyla Regional Development Company Jykes Ltd
Oulu 2005
視察期間:9/1~6日 滞在ホテル Cumulus
Oulu Hotel
9/1 Oulu到着

9/2 13:00~ Oulutech Ltd
Oulu Innovation Ltd
Oulu Innovation Ltd & Multipolis
9/3
9/4
9/5 8:30~ Peter Neubauer 教授の車で移動
9:00~ Biocenter Oulu & Oulu University
13:00~ MEDIPOLIS GMP
16:00~ City of Oulu
9/6 VTT, Technical Research Centre of Finland
Turku 2005
視察期間:9/6~12日 滞在ホテル SOKOS
HOTEL HAMBURGER BORS
9/6 Turku Airport到着
Joint Biotechnology Laboratory, University of Turku
19:00~ T.Korpela教授とTurku駅からホテルへ

12.00~ Turku School of Economics and Business Administration
(Jarkko Kuosmanen Cordless network “Sparknet”)
Lunch
14.00~16.00 Turku Polytechnics InstituteTuAKK

16:00~16:30 FermLab Oy
Abo Akademi University
9/8 9:30~10:00 Company recommended
Turku Area Development TAD Centre
POTKURI Turun Seudun Yrityspalvelukeskus
Joint Biotechnology Laboratory, University of Turku
Lunch at Brahen Kellari

Free time in Turku
12.30~15.30 Visit to Turku Castle

16.00~ Prof. Kenji Soda : from Airport to Hotel
18.00~ Dinner in Naantali

9/9 9.00~10.00 U. of Turku
10.00~11.00 Turku Science Park
Turku Bio Valley Ltd

11.00~12.00 Lunch
12.30~13.30 Bio Incubator and Business development at Turku SP
13.30~14.30 The Hagoromo Project Presentation
14.30~16.30 Break (walking in the Down Town)
16.30~17:30 TEKEL ? The Finnish Science Park Association
18.00~Dinner hosted by Managing Director Kari Toivonen,
(Restaurant Linnankatu 3.)

9/10 Private visit to Rauma
9/11 Evening Dinner with Timo Korpela and wife in Cindy

9/12 9.00~10.00 University of Turku
“The Role of Turku University in the Turku Science Park”
10.00~11.00 Labmaster Ltd

11.00~12.00 Arctic Diagnostics
Ltd
12.00~13.00 Lunch
13.00~14.30 "Center of Biotechnology, in "BioCity""
14.35~15.30 BIOCIS PHARMA Ltd.
15.30~16.30 VTT Medicatl Biotechnology Department in Pharma City
Tampere2005
視察期間:9/13日 滞在ホテル Scandic
Rosendahl Tampere
9/13 Tampere到着
9:30 Tampere Univ. hypermedia laboratory
Theme: eTampere Cluster
Host: Director, Dr Tommi Inkinen
Other Speakers
Project manager, Pasi Kytoharju
Researcher, Antti Syvanen
11:00 Tampere Univ. of Technology(DMI/hypermedia laboratory)
Senior Researcher, Mr Pekka Ranta
Coordinator, Ms Tiina Kankaala
13:00~15:00 VVT
Host: Ms Paivi Mikkonen

HelsinkiⅡ2005
視察期間:9/14~15日 滞在ホテル Radisson
SAS Seaside Hotel
9/14 Helsinki到着
HUT
9/15 9:00~12:00 SITRA TEKES
Espoo - Vantaa Institute of Technology
2004 視察スケジュール表
| 2004年度 | |||
| 2004/8/29 (Sun) Helsinki,Tallinn 2004/8/30 (Mon) Estonia 2004/8/31 (Tue) Finland 2004/9/1 (Wed) Helsinki,Turku 2004/9/2 (Thu) Turku 2004/9/6 (Mon) Stockholm | 11:00 11:00 9:30 12;00 9:00 13:00 13:30 | The Estonian Information Technology Foundation University of Tartu National Board of Education Helsinki University of Technology Centre of Expertise for Digital Media, Finnish Virtual University Espoo-Vantaa Institute of Technology YLE Abo Akademi University of Turku Teacher Training School Uppsala University | |
Creative Futures 2007 講演ムービー集
Keynote:Professor Junko Tohda.
"Knowledge Enabling -Verification of Knowledge Creation and Enabling in the Finland Model "
No.1 (08:41)
No.2 (09:38)
No.3 (07:48)
N0.4 (09:10)
No.5 (09:57)
No.6 (06:12)
No.7 (09:47)
統計
StatisticsFinland2004
資料名 作成元資料等 作成内容 言語 作成者
technology profiles Finnish Science Park Association Fin.ver→Jap.ver Jap.ver K.AMANO
Industrial Cluster 産業クラスター政策資料 Jap.ver→Eng.ver Eng.ver K.NAGAI
Education and research StatisticsFinland2004 各部門統計数値のグラフ化
Jap.ver→Eng.ver Eng.ver S.NORIKUMO
Enterprises and corporations StatisticsFinland2004 各部門統計数値のグラフ化
Jap.ver→Eng.ver Eng.ver S.NORIKUMO
Industry StatisticsFinland2004 各部門統計数値のグラフ化
Jap.ver→Eng.ver Eng.ver S.NORIKUMO
National accounts StatisticsFinland2004 各部門統計数値のグラフ化
Jap.ver→Eng.ver Eng.ver S.NORIKUMO
Working life StatisticsFinland2004 各部門統計数値のグラフ化
Jap.ver→Eng.ver Eng.ver S.NORIKUMO
■フィンランドの地域紹介 ■
◇視察期間:8/20~23日 & 9/14~15日◇
→スケジュール概要 →調査報告の概要
フィンランド共和国の首都.フィンランドの南部に位置し,バルト海の最奥,フィンランド湾の北,ヘルシンキ湾に面している港湾都市.別名「バルト海の乙女」の愛称をもつ美しい街でもある.人口は54万人(首都圏約120万人).かつてのフィンランドの中心地であったトゥルクに代わり,現代では経済,商業,文化活動の中心都市としてフィンランドの最高水準を誇っている.ヘルシンキサイエンスパークが1912年に設立,ヘルシンキ市内に位置しバイオ関連の大学・研究機関,民間企業の研究所等が集積している.オタニエミ・サイエンスパークは,ヘルシンキの西方10kmのエスポー市に位置し1987年に設立されたサイエンス・パークとテクノロジー・パークがあり,ヘルシンキ工科大学とフィンランド国立技術研究センター(VTT)をはじめとして他企業の研究機関が集積している.フィンランド最大で欧州でも有数の研究開発の集積地域である.
[Vaasa]
◇視察期間:8/24~26日◇
→スケジュール概要 →調査報告の概要
首都ヘルシンキからは北西に500Km離れた所に位置し,人口は約5.7万人の学園都市.フィンランドの西海岸に位地する港町で,長い貿易港としての歴史を持っている.フィンランドの中でも太陽に恵まれた街として知られ,美しい群島海域と海水浴場が市の特徴,さらに躍進する産業と教育分野においても注目されている地域です.ヴァーサ工科大学はじめ,TEセンター,TEKESなどがある.
[Jyvaskyla]
◇視察期間:8/27~31日◇
→スケジュール概要 →調査報告の概要
ヘルシンキから北へ270km,中央フィンランドの中核に位置する人口8万人の都市である.環境産業を主な分野とする企業が集積する都市で,中でもユバスキュラサイエンスパークはフィンランド国内をはじめとしてEU全域の環境を守る為の革新的な技術発展活動を行っている.
[Oulu]
◇視察期間:9/1~6日◇
→スケジュール概要 →調査報告の概要
オウル市は1605年にオウル川の河口にスウェーデン王カール9世によって建設された街である.現在はフィンランド第6の都市であり,4111kmに12万7千人が住む.1776年以来のオウル州の州都となっており,古くからタールとサケに関して知られる街であった.
1958年のオウル大学設置当時は伝統産業中心の産業構造であり,それらも衰退の傾向にあったが,1970年に国立技術開発センター(VTT)を誘致,1980年にサイエンスリサーチパーク構想を発表し,1982年には大学内にオウル市を中心とする産官学の出資によって市長や大学学長がボードメンバーを勤めるサイエンスパーク運営会社,Technopolis社が設置され,これが契機となってNokiaを初め,先端情報通信技術を持つ多くの会社がオウルに拠点を構えている.
[Turku]
◇視察期間:9/7~12日◇
→スケジュール概要 →調査報告の概要
フィンランドで最も古い町であるトゥルクは,1812年ヘルシンキに首都が移るまで,首都であった都市である.現在もトゥルク・ポリ県の県都であり,フィンランドの西部最大の都市である.1640年に,トゥルク大学が建設されたが,首都の移転に伴い,この大学は現在のヘルシンキ大学となっている.現在は1920年に設立されたトゥルク大学,フィンランドにおける唯一のスウェーデン語系大学であるオーボ大学,トゥルク経済大学の3つの大学とトゥルク・ポリテクニーク(高等職業訓練学校)を擁する.
人口16万2000人のフィンランド第4の都市は,サイエンスパークの建設こそ,2001年とその歴史は浅いが,3つの大学で学ぶ25000人の学生と600人の教授陣を背景に,バイオとITに特化したサイエンスパークの構築・運営を推し進めている.
[Tampere]
◇視察期間:9/13日◇
→スケジュール概要 →調査報告の概要
ナシ湖とピュハ湖の間に位置する人口18万人の都市,高低差18mもある2つの湖の水位を利用して水力発電が発達し,紡績,製紙など伝統的な工業都市として繁栄してきたフィンランド随一の工業都市.しかし,現代,工業都市としては衰退し,観光分野を中心とした文化都市として発展し続けており,ヨーロッパ文化首都の候補としても名乗りを上げている.世界的にも著名なタンペレ平和研究所は1969年に設立,タンペレ大学でも平和研究が進められている.
[Helsinki]
◇視察期間:9/14~15日◇
※ヘルシンキ上記記載にて省略