ドイツ人であるPeter Neubauer教授とオランダ人であるAndre Juffer教授に対して,外国人研究者の目から見たフィンランドのイノベーションシステムというテーマでインタビューを行った.両教授はオウル大学の学部横断組織,バイオセンターのメンバーである.
まず建物の案内をしていただいたのだが,そこでNeubauer教授は「建物の構造はコラボレーションのアイデアを大変強く意識してデザインされている.オウルのバイオセンターも他の大学には見られないような,コラボレーション型の組織だ.
バイオセンターというと普通は産業・企業の研究センターだと考えてしまうかもしれないが,ここは大学の研究センターであり,大変フラットな組織構造を持っている」と述べている.
バイオセンターのメンバーは4年に一度,アプリケーションを出して評価を受けた上で決定される.評価自体は論文を中心に行われる.2004年は2つのグループが新たに加入し,2つのグループがバイオセンターを去っている.
大きな研究資金が確保できるという点がバイオセンターのメンバーになる最大の利点だろう.また,バイオセンター自体が大学院を持っており,100人以上の院生が在籍しており,院生が研究プロジェクトのメンバーになることも可能で,高度な研究成果に触れる機会が保障されているという.
Neubauer教授に母国ドイツの大学との違いを伺ったところ,フィンランドを特徴付ける言葉は「Society of
Trust」であるとのことだった.Society of
Trustの意味するところは,「共同して働く者を得たならば,その人がベストを尽くすということを信じなければならないということだ.フィンランドはその意味でヨーロッパでもっともロスの少ない社会だと言える.ドイツは逆にロスのもっとも多い社会だ.だから全てのことに法律・規制を作ってしまうのだ」という.
Neubauer教授によれば,フィンランドでは,教える方法や内容に関しては一切指示がない.しかし,ドイツではそうはいかない.教える内容については細かく指定されてしまうので創意工夫には初めから限界がある.フィンランドはそれが無いので様々な工夫が可能であり,それが創造性の発揮へと繋がっていくのだという.
フラットな組織環境でオープンな議論が可能だというが,フィンランド人はシャイだという話も聞いた.その食い違いについてはどう考えているかという問に対してNeubauer教授は,キャリアパスと時間の概念に対するフィンランド人の認識という点から,以下のように説明をしている.
「オウルの歴史を振り返ると,ノキアを取り囲むように大学からの多くのスピンオフ企業が誕生しているし,多くの大学での研究成果が活用されている.また電子工学科を出た多くの学生がそこで働いている.しかし,バイオメディカルの分野ではそうではない.オウルはヨーロッパの中心地ではないし,企業の集積も未熟だ.多くの学生が卒業後に別の地域へと出て行く要因が整ってしまっている.
であるから,できる限り自分自身をオープンな態度に保っておかなければならない.オウル大学は比較的小さな大学だが質の高い研究者がそろっている.多くの研究者が海外での研究経験を持っており,逆にオウル大学に研究者が来ることも歓迎している.もちろん,当初はこのような状況を作り上げるために苦労したが,質の高い研究を実現するために様々な協力関係を作ることに何とか成功してきた.
また,実際の産業に関わるプロジェクトに学生を動員することもあるのだが,それを機会として捉え,プロジェクトのメンバーとなる学生を信じて個人的にトレーニングを施していくことがある.フィンランドではこのような形で一緒に働く人々を信じること文化がある.
時にはそのようなトレーニングに時間がかかることもあるのだが,フィンランドではそういった「時間」の概念が希薄だ.ドイツであれば28歳までにはPhDを取得しなければならないとか,何歳までにはこれをしなければならないといった,区切りがあるが,フィンランドでは例えば8年かけて博士論文に取り組んでもかまわない.フィンランドではPhDの3年目4年目以降でもドイツにおけるポスドクと同じような立場でいることができる.
フィンランドについて学ばなければならなかったことは,「時間」が重要な役割を持っていないこと,そしてフィンランドは長期的な視点に立って能力の育成を行っていることであった.」
Neubauer教授のドメインはマイクロバイオロジーであるが,オウル大学が非常に得意とするエレクトロニクス部門との共同研究にも関わっているという説明を受け,燈田氏からマーケティングコンサルタントとして,例えば日本でエレクトロニクス分野の小企業があっても,このようなシーズがフィンランドにあることをほとんど知らないわけだが,その点についてはどうかんがえるか?という質問が出た.
これに対してNeubauer教授は,「フィンランドには多くのフォーラムがある.テクノポリスのような組織がこれを運営し,そこには様々な分野から専門家が定例会議に集まってディスカッションを行うが,そういった機会以外でもことあるごとにオープンな議論が展開されている.しかし,そのような行為に参加する人々は十分な数にいたっていない.このような場により多くの人々が参加すべきだと考えている」と述べた上で,
「残念ながらいくら科学者をトレーニングしてもマーケティングと専門分野両方に精通することは難しいと言わざるを得ない.それならこのような機会を利用して,マーケティングならマーケティングの専門家と密な関係を築き上げる方がよほど効果的であるだろう」とも答えている.
Neubauer教授自身は国際共同研究よりもオウルでの共同研究を重視するのだという.これは,国際的になるほど,コンタクトを維持するのが困難になるからであり,その点ではオウルであれば会いたいときにいつでも会える.共同で開発を行うといった場合であれば,モチベーションを持った人物が一定の期間,オウルに来て共同研究を行い,成果を持って帰国するという形でなければ成果は上がらないのではないかと考えているようだ.
オウルはフィンランドの中でも,あるいは世界的に見てもなクラスター形成がもっとも成功した例のひとつであると言われる.また,各地でインタビューを繰り返す中で,たびたび「サクセス」という言葉を耳にしている.この点について,フィンランド人はサクセスという言葉を良く使うが,あまりマネーにはこだわっていないような印象を受けている.そのあたりはどう思うかと質問したところ,
「例えばTEKESのファンディングは額が少なすぎるため,バイオ企業のように長期間の開発フェーズを持つ企業にとっては不利な環境となってしまう.しかし,フィンランドの企業はそのことについてあまり言及しない.そのことについて口にしなければ,もっと長い研究期間を確保することができるからだ.
ドイツであれば人々はもっと企業の市場での成功をせかす.だから,フィンランドの文化としてあまりそれを口にしないのではないか.
また,ドイツのように一つのプロジェクトに巨額の資金を投入しても,プロジェクトは失敗することもある.フィンランドでも同じようにプロジェクトが失敗する可能性もあるが,それぞれのプロジェクトのサイズが小さければダメージも少ない.だからフィンランドはキーエリアを持ってはいるが,キープロジェクトではないのだろう」という意見をいただいた.
Neubauer教授はインタビューの最後に,フィンランドの文化的側面に触れ,繰り返しになるがフィンランドは,Society of
Trustという言葉がキーワードだ.ドイツは自らの力を最大限にしようと努力するが,フィンランドでは人々は「社会の一員である」という意識が強く,寛容さが何をもたらすかについて理解しているように思える.例えば,ある人物がオウル大学の大変優れた教授であっても,それ自体にはあまり意味が無い.一人で全てを成しえるわけではないからだ.オウルを前に進めていくためには,他の人々とのコネクションが不可欠だ.なぜならオウルは辺境だからだ.私はポーランドとの国境に近いドイツの辺境の大学から来た.確かにその大学も優れた科学者が集まっているのだが,「協力」が無い.だから私は,辺境においては協働を行う以外に発展の道は無いのだと感じていると述べている.
もう1人のインタビュー対象であるAndre Juffer教授はオランダ国籍のバイオコンピューティングの研究者である.
まず,オウル大学と他の大学を比較して,フィンランドと他の国を比較してどのような印象を持っているか?とたずねたところ,「オウルのやり方は何事においても大変フレキシブルだ.他の大学や研究機関はほとんどの場合,様々なプロセスが厳しい統制下におかれている.この点がオウルのアドバンテージだと思う.研究に多くの自由が認められていることは,その研究を進めていく上で極めて重要だ」と答えている.
次に大学から視野を広げ,サイエンスパークという場についての評価を尋ねた.ここでも,最も重要な要素はコミュニケーションであるという見解を聞くことになった.
Juffer教授によれば,「ヨーロッパのサイエンスパークには様々な態様がある.オウルにおいては,性格の異なる組織機関が結集してサイエンスパークを作っており,様々な産業分野のユニットが集積しているが,クラスターシステムとして最も重要なのはコミュニケーションだ.大学や企業から集まった人々が基礎研究から応用研究,商業化までの情報の流れを作っている.
そのプロセス全体の中で重要な役割を果たしているのはTEKESだ.TEKESの役割はシーズに対してファンディングを行い,ビジネスの軌道に載せるためのサービスを行うというものだ.TEKESは3つの段階(tier),すなわち①大学における基礎研究の段階,②技術移転の段階,③商業化の段階全てにコミットしている.
また,これらのプロセスには障壁がほとんど無い.例えばこのプロセスにおいてのペーパーワークは極めてフレキシブルでシンプルだ.これは他の国では考えられない.
フレキシビリティーという点ではバイオセンターも例外ではない.他のリサーチグループとの協働は頻繁に行われているし,このような情報のフロー,情報の交換は新たなアイデアや可能性の源泉となっている」としてコミュニケーションの流れが間断なく存在していることを高く評価している.
Juffer教授はバイオコンピューティングのベンチャー企業のCEOでもある.オウルに来てから起業したという彼が,企業の手続きについての体験を語ってくれた.
まず手続きそのものであるが,5分で起業できるという.無論,企業のタイプにもよるのだが,Juffer教授の場合はもっともシンプルなものだった.社員は一人で,有限会社でもないため,非常に簡単な手続きで済んだとのことである.「私と同じ方法でよいのなら,事務所に出向き,2ページ程度の書類に記入するだけで登記は終了だ」と述べている.
つぎに起業にあたっての資金についてであるが,フィンランドの多くの企業化の例に漏れず,TEKESからの資金援助を受けている.フィージビリティ・スタディのためにTEKESから小額ではあるがフィージビリティの検証には十分な資金援助を受けたと述べている.
これに対して,5分で起業できたのは,3つあるのではないか
①必要とした資金が小額であったこと
②事前にTEKESとface-to-faceのコミュニケーションが成り立っていたこと
③彼自身が持っていたアイデアが評価された
どれが中心なのか?との質問を投げたところ,1つ目はYesで,2つ目はNoだとの返答があった.つまり,現在はTEKESとの協力があるが当時は無かったということであり,純粋にアプリケーションが評価されての資金獲得であることを示している.3点目についてはおそらくYesなのだろうと述べている.
これは,フィンランドではバイオインフォマティクスやバイオコンピューティングの分野が非常に盛んになってきており,まだまだ発展の余地のある分野であるだけに,他のビジネス分野に比べて高く評価されたのだと思うと説明している.
しかし同時に,「バイオテクノロジーの分野は難しいだろう.この分野では様々問題が発生しており,医薬品開発は制限も多く,多額の資金が要求される分野でもある.しかし,今後どんなことが起こるか目が離せない分野だ」とも述べている.
オウルでもトゥルクでもバイオテクノロジー分野におけるビジネス開発にはそのリスクの高さゆえの問題が付きまとうが,アプリケーション技術の開発が目立っているように見受けられた.
同教授のドメインはバイオコンピューティングであるが,このようなインターディシプリナリーな分野と彼自身の企業との関係についても教えていただいた.
Juffer教授の会社はソフトウェア企業であり,ライフサイエンス分野のソフトウェア開発を行っている.顧客はバイオメディカルやバイオテクノロジーをドメインとする企業で,複雑なシミュレーションを開発したり,ウェブサイトを構築したりといった業務を行っている.また,教員としての研究の面においてはJuffer教授の研究グループが理論的なモデルを研究し,体内でどのようなことが起こりうるかをシミュレートするプログラムを開発している.
このようなインターディシプリナリーな活動を行う企業を起こす場として,オウルが優れていると思うか?という質問をしたところ,インターネットがあるので,このような企業は地理的にどこにあってもそれはさほど問題にならない.ライフサイエンスの分野としてはオウルは発展途上なので,その点ではフィンランドのバイオ研究の中心地であるトゥルクが適切な場所なのだろうがトゥルクはすぐ近くにあるので,その点もさほど問題ならないとの答えをいただいた.
Juffer教授はフィンランドのほかにもカナダで大学教員の経験を持っている.この点からの意見を伺うため,「カナダもドイツもテクノロジーは先進国の部類に入る.フィンランドはノキアがあるが,本当にコンピューティング,バイオコンピューティングの分野でジャンプアップしていくことができると思うか?」という質問を投げた.
これに対してJuffer教授は,「簡単ではないだろう.フィンランドは地理的な意味では大きいが人口的な意味では小さい国だ.人的資源という点で苦しむことになるのではないか?また,フィンランドは国際化の潮流の中で多くの外国人研究者を招きいれ,それぞれの分野を発展させようとしている.そのための施設整備がローカルなレベルでも盛んに行われている.
すると今度はフィンランドのマーケットの小ささも問題になってくる.国内のマーケットだけを視野において置けばよいわけではない.グローバルレベルでのビジネスを志向したりネットワーキングを行っていかなければならないのだ.それに成功できればチャンスは大変大きくなるだろう」と述べている.
この点は,バイオコンピューティングに限らず,現在フィンランドが取り組んでいる産業振興策の全ての分野にあてはまる.
また,外国人の視点として,フィンランドは2010年までに世界でもっとも成功した3つの国に入ると宣言しているがそれについてはどう思うかとたずねたところ,
「EUは,地上でもっとも成功した組織になり,アメリカに勝つのだという目標を立てている.フィンランドはEUの一員であるので,EUが成功すれば可能性はあるだろう.
しかしEUは優れた組織である反面,きわめて官僚的な組織だ.時としてきわめて縦割りな部分があり,そういった点を批判する声も多い」と解説している.
この点について補足しておく.フィンランドはこれまで国内の開発にEUの構造基金を非常に有効に利用してきている.EUによる構造政策とは,EUが深化と拡大を通じた統合を強力に推進する上で,加盟国間・地域間の経済力・社会面における格差の是正を一つの重点分野として位置づけられているもので,この構造政策の財源にあたるものが構造基金である.同政策は,EU予算のうち共通農業政策に次いでEU総予算の3分の1を占める主要な支出項目となっている.
2010年に最も成功した3つの国に入るという宣言が実現するとすれば,どの分野の産業が育つ必要があると思うかという我々の質問に対しても,EUとの関連から,以下のように答えをいただいた.
「EUが成功しない限りはトップ3に入るのは無理だろう.フィンランドは国内の市場が小さすぎる.「最も成功した」という言葉自体の定義にもよるだろうが,フィンランドは国のサイズからすると十分成功していると言える.実際,90年代初めの深刻な経済後退を経験した後,ヨーロッパで最も成功した国になったともいえる.
つまり,相対的には「最も成功した」と言えるが,絶対的な数字としては国のサイズが小さすぎるのだ」.
また,育たなければならない産業分野については国内で行われているファンドの配分とそれぞれのファンドの性質の組み合わせの問題が浮かび上がる.すなわち,「ファンドの配分を見ると,フィンランドアカデミーは自然科学,バイオテクノロジー,メディカルサイエンスといったカウンシルを持っており,これらのフィールドに支援を行っているが,今後はインターディシプリナリーな研究が深化していく必要があるだろう.インターディシプリナリーな研究は政治家からの指示で行われるものでは不十分だ.このような研究が省庁やフィンランドアカデミーのから支援を受けられるよう,機会を拡大しなければならない.
個人的には,分野横断的な研究は非常に将来性が高いと感じている.しかし現在のところ,フィンランドアカデミーはインターディシプリナリーな研究に対してのファンディングを行っていない.インターディシプリナリーな研究について,もっと真剣に取り組む必要がある」とのことであった.
一般にフィンランドでは重層的・複合的なファンド支援体制が整っていると考えられているが,ファンドを受ける立場の研究者からの発言の意味を重く受け止める必要があるだろう.