オウル市は1605年にオウル川の河口にスウェーデン王カール9世によって建設された街である.現在はフィンランド第6の都市であり,4111km2に12万7千人が住む.1776年以来のオウル州の州都となっており,古くからタールとサケに関して知られるであった.
このように,1958年のオウル大学設置当時は伝統産業中心の産業構造であり,それらも衰退の傾向にあったが,1970年に国立技術開発センター(VTT)を誘致,1980年にサイエンスリサーチパーク構想を発表し,1982年には大学内にオウル市を中心とする産官学の出資によって市長や大学学長がボードメンバーを勤めるサイエンスパーク運営会社,Technopolis社が設置され,これが契機となってNokiaを初め,先端情報通信技術を持つ多くの会社がオウルに拠点を構えている.
大学を中心にサイエンスパークを設置し,スピンオフを奨励するとともに,それぞれの企業の開発プログラムをコーディネートしてハイテク企業間のマッチングを行う専門地域センターを設置する一方で,同地域で必要とされる人材の教育を大学が実施するというフィンランドのサイエンスパークの原型を形作ったのがこのオウルである.
Technopolisのアイデアは,様々なハイテク企業を集積させ,協力させるというものである.建物やビジネスサービス・パーソナルサービスも提供するので起業家はビジネスに集中することができる.ファイナンスシステムや様々な開発サービス,プログラムも持っている.このような形をオウルのテクノポリス関係者は「最適化されたハイテクビジネス環境」,あるいはテクノポリスコンセプトと呼んでいる.
現在は約13000人の学生を抱えるオウル大学,VTT(国立技術研究所)エレクトロニクス,NOKIAの研究所や数多くのICT関係企業が集積したTechnopolis,オウル大学病院と医療関連ベンチャー企業が集積したMedipolis,そして主に集積回路関係,バイオ関係のベンチャーが集まったMicropolisという3つのブロックを中心に多くのベンチャー,研究所が集積しており,90年代後半以降のIT産業を中心とするハイテク産業の成長に大きく貢献してきた.ハイテク関連製品の輸出は1988年にはフィンランド全輸出量の約5%に過ぎなかったが,2004年にはハイテク製品輸出額は8.5億ユーロとなり,財の総輸出額の17.5%を占めるに至っている.