2008年4月5日土曜日
当研究員の紹介
燈田 順子 (TOHDA Junko) 研究代表者:全体を統括、調査分析
[所属] :羽衣国際大学 産業社会学部 放送・メディア映像学科 教授
他、情報教育システム室長、高等教育研究所研究員など
[主な職歴]: 都市銀行、損害保険会社、大手流通百貨店デベロッパー、
人材プロデュースのベンチャー企業で支店長、
現在、ビジネス・コンサルティング会社を経営
[専門分野] :ビジネス活動全般:マネジメント
(経営、マーケティング戦略、新規事業開発、戦略企画、技術R&D)
天野 圭二 (AMANO Keiji) 連携研究者:調査分析、対外交渉
[所属]: 星城大学 経営学部 経営学科 准教授
[主な職歴]: 立命館大学国際関係学部 助手
[専門分野]: 環境影響評価、環境政策
法雲 俊栄 (NORIKUMO Shunei) 研究協力者:調査分析、Web担当
[所属]: 名城大学 総合研究所 研究員
星城大学 経営学部 非常勤講師 兼任
[専門分野]: 情報科学、経済統計(産業連関分析、意思決定分析・AHP)
■[海外研究協力者]:
Mari Suvanto (トゥルク大学 アドバイザー)=カウンターパート
Raimo Nikkanen (ヘルシンキ芸術デザイン大学 教授)
2008年4月4日金曜日
2007年3月30~7日 フィンランド教育省より来日
来日期間: 2007年3月30~7日
フィンランド教育省より Markku Linna氏 Mari Suvanto氏 が来日されました。
◆先方のプロジェクト趣旨→
【フィンランドのプレゼンスのアジアにおける現状に関する調査】
フィンランド教育省における「フィンランド、アジアと国際協力」プログラムにおいて、アジアに関する知識やアジアとの協力を確立することが、国際化における重点検討項目として強調されている。このプログラムの目的は、芸術や文化の交流や交易において高等教育や研究協力体制を確立することにある。
◇ 北京、上海、東京、ソウルを経て1月6日京都にお見えになりました。
当日は、関西日本フィンランド協会より高林氏に京都大学コンソーシアムや国際マンガミュージアムをご案内いただき、その後、フィンランド協会、京都教育委員会、大阪電通大学、Hagoromoプロジェクト、その他フィンランドに携わる先生、学生様のメンバーにより歓迎の会を催させていただきました。
場所:京都 祇園京料理 花咲 PM7:00
◇ 4月7日~14日 Mari Suvanto氏のご子息様、姪御様が日本へ来日されました。
12日 当日は、星城大学へ訪問していただきe-learningシステム、教員と学生のWeb環境を見学後、フィンランド情報教育における現状について対談。その後、名古屋市内を観光していただきました。
14日 京都、創作中華 一之舟入 PM0:00
左右田先生&Hagoromoプロジェクトメンバーによる歓迎の会
2007年1月8~12日 フィンランドの大学機関より来日
来日期間: 2007日1月8日~12日
Jaakko Suominen教授, University of Turku (Head of Delegation)
Marjo Maenpaa教授, University of Art and Design Helsinki
Anita Seppa,教授 University of Arts and Design
Jari Multisilta,教授 Tampere University of Technology
の4名の先生方が来日されました。
フィンランド大使館、慶応大学、フジテレビへの訪問を終えて、
◇ 10日には、京都に到着され、
京都国際マンガミュージアム、京都精華大学に訪問されてプレゼンをしていただきました。
その後、京都 「高瀬川がんこ二条苑」にて歓迎会
ご参加の方々:
山田浩之先生 KJFS理事 京大名誉教授(経済学)前羽衣国際大学長
左右田健次先生 KJFS会員 京大名誉教授(化学工学)元京都大学化学研究所長
高林素樹様 KJFS理事事務局
山本一樹様 KJFS 日本フィンランド貿易、Nordia
滝本久美子様 KJFS わかさ生活
山本彩子様 KJFS わかさ生活
岩崎歩美様 KJFS奨学留学者OG 同志社大学生
燈田順子先生 羽衣国際大教授
法雲俊邑先生 星城大学教授
山田正人先生 星城大学助教授
天野圭二先生 星城大学講師
法雲 俊栄 名城大学大学院 博士課程
多くの皆様方ご参加いただき有難う御座いました。
その後、十日戎へ 12日には、CGアニメ村 DoGA(鎌田氏)、大阪電通大(上善教授)へ訪問されました。
ご参加いただいた先生方々、また、歓迎していただきました大学その他機関の皆様方、有難う御座いました。 心よりお礼と感謝を申し上げます。
トゥルク市と産官学連携の概要
フィンランドで最も古い町であるトゥルクは,1812年ヘルシンキに首都が移るまで,首都であった都市である.現在もトゥルク・ポリ県の県都であり,フィンランドの西部最大の都市である.1640年に、トゥルク大学が建設されたが,首都の移転に伴い,この大学は現在のヘルシンキ大学となっている.現在は1920年に設立されたトゥルク大学,フィンランドにおける唯一のスウェーデン語系大学であるオーボ大学,トゥルク経済大学の3つの大学とトゥルク・ポリテクニーク(高等職業訓練学校)を擁する.
人口16万2000人のフィンランド第4の都市は,サイエンスパークの建設こそ,2001年とその歴史は浅いが,3つの大学で学ぶ25000人の学生と600人の教授陣を背景に,バイオとITに特化したサイエンスパークの構築・運営を推し進めている.
フィンランドはNokiaに代表されるようにIT技術の開発において,国際的にも非常に良く知られた存在であるが,「バイオ関係も強く、バイオテクノロジーの会社は100社を超え、ヨーロッパ全体の10%を占めています。その強さの源は、バイオ技術に関する産学連携にあります。ヘルシンキ、トゥルク、クオピオ、オウル、タンペレの諸都市にバイオテクノロジー関連の研究施設と会社が集中しています」(TEKES,NeoBio ノベル・バイオテクノロジー 2001-2005).
同地域における3つの大学は地域の様々なアクターとの相互作用を深化させるため,二つのキーエリアで協働している.
一つ目はバイオ分野で,二つの大学が共同で「傘」のようなものを作り上げた.この「傘」がBioCity-Turkuである.この傘の下にScientific
leader boardと呼ばれる科学者組織があるが,これは通常の大学機関からは切り離された存在となっている.
トゥルクのシステムはフィンランドのほかのバイオテクノロジーセンターとは異なっている.他の地域のバイオテクノロジーセンターは大学から独立しており,良い研究プログラムをピックアップして,大学から切り離し,別の研究センターに移転させようとする.
しかし,トゥルクではそのように研究者間に壁を作ったのでは科学は進歩しないと考えている.オープンなコミュニティーを作り,そこに所属することを望む人を積極的に呼び込まなければらないというアイデアの下,サイエンスパークを中心とした研究開発活動が行われている.
二つ目のキーエリアはICTである.バイオとICT,自然科学を結ぶ技術的なプラットフォームを整備し,重点テーマである医薬品開発,診察技術,バイオマテリアルと機能性食品を臨床研究へと結び付けていくために,ICTについても独立したユニットを作っている. TUCSはこの目的のために3大学が共同で設立した学科であり,サロにも修士課程のコースをもち,ポリテクニークや企業との共同研究所を設置,バイオインフォマのためのインターフェースやメディアについての研究が行われている.
トゥルク地域には60のバイオ関連企業,すなわちフィンランドのバイオ企業の約半分が集積しているが,フィンランド南西部のバイオ分野のインカム自体は5億ユーロほどに留まっている.100人を超える教授がおり,毎年約80の博士が誕生している.3700人の大学生と500人のポリテクニクの学生がいるのだが,インカムの面ではICTクラスターの方が大きい.これはトゥルク近郊のサロにノキアの研究機関が立地しているからだ.
しかし,クラスターとしてみるとICTはそれほど強い状態には無い.30人ほどの研究者がおり,毎年25人程度の博士を輩出するのみである.しかし,企業数で言えば100を超えるICT企業がこの地域にある.つまり,バイオクラスターはよりアカデミックであり,ICTクラスターはビジネス寄りであるといえる.
これらの二つの分野はタイムスパンが異なる.バイオは長い時間を必要とするのに対してICTの進歩の速度は非常に速い.だから,同じサイエンスパーク内にあってもBioTurkuとICTTurkuのようにそれぞれを専門とする企業を作る必要があったのだ.
このようにトゥルクは基本的にフィンランドにおけるバイオメディカル分野の研究開発拠点たるべく,基盤整備を行ってきた.トゥルクにおけるサイエンスパークは短期間に,しかも急速に進んでいる.この10年間で,120の企業が700の新たな雇用を創出しており.サバイバルレートも85%と比較的高い水準にあるが,バイオ分野の特性を勘案すると,サイエンスパークの成否を評価するには時期が早いといえるのではないか.
[トゥルク市と産官学連携]インタビュー先概要
トゥルク大学,トゥルク・サイエンスパーク,トゥルク市の地域経済開発機関(TADセンター,POTKURI),複数のベンチャー企業,トゥルク・ポリテクニーク,VTT,TEKEL,を対象にインタビューを行った.トゥルク大学では副学長,実際に起業経験のある教授を対象とした.サイエンスパーク運営会社であるトゥルク・サイエンスパークは現在,BioTurkuとICTTurkuという二つの部門を持つため,それらの母体であるサイエンスパークとそれぞれの部門に対するインタビューを行った.ベンチャー企業はバイオメディカル関連の企業を中心に,インキュベーション内にある企業,インキュベーションを巣立った企業それぞれへのインタビューを行った.ポリテクニークは,フィンランドにおいては大学と並んで重要な「実学志向の」高等教育機関である.ベンチャー企業の中にはこのポリテクニーク内にオフィスを構えるものもある.
これらのローカルベースの機関・企業に加えて,VTT(国立研究所)のMedical Biotechnology Depertmentが設置されており,バイオクラスターのますますの発展が期待されている.トゥルクにVTTが設置されたのは比較的最近であり,目立った成果を挙げるには至っていないが,トゥルク地域がこの機関の誘致を積極的に進めてきたことから,VTTに対する期待の高さが伺える.
TEKELは国内23箇所のサイエンスパークをネットワーク化すべく,1998年に設置されたフィンランドサイエンスパーク協会(TEKEL)である.今回の訪問の際,トゥルクでTEKELのディレクターである,Mr.
Kyosti Jaaskelainenにインタビューの機会を得たが,これは地域機関ではないため,他の中央官庁と同じところにまとめる.
TAD(Turku Area Development)センターとPOTKURI
まず,トゥルク地域の経済を概観するため,トゥルク市の機関であるTurku
Area Development
Centreでのインタビューを紹介する.同センターではトゥルク地域の開発センターとトゥルク地域の経済についてのインタビューを行った.
そもそも,同地域はサービス業が盛んであり,その意味でフィンランド国内の他の都市とは色合いの異なる産業形態を持っている.
これに加えてトゥルクは薬学が昔から強く,市政の関係で薬学とICTが押されているという背景がある.トゥルクはフィンランド南西部に位置する港町であり,古くから造船業が盛んであったが,ヴァルチラ社の工場がイタリアへの移転を決定したり同じ造船関係企業であるエーカー社の業績不振などのプレッシャーから,産業構造転換が進んでいるようであった.
このような状況下でもトゥルク市は,Vision2010において海・造船・マリンテクノロジーを前面に打ち出しており,造船業やそれに関わる重金属系工業を維持していきたいようだ.
しかし昨今の造船業が多いのでそれに関わるエンジニアがかなり多く失業している.ヴァルチラ社の工場移転が決定したのは2004年だが,40代~50代,つまり20年間エンジニアをしてきた人たちは仕事がなくなっても他にはいけない.20代~30台であれば学校に行きなおして,転職を考える人もいるのだが,40や50代をどうするかが問題になっているとのことであったが,このような高齢者雇用の問題はバイオを打ち出したからといって彼らを吸収できるわけではないだろう.
トゥルク地域の現在の失業率は約8%程度であり,全国区で見ると比較的低いといえるが,これらの失業者の多くはエンジニアであり,リサーチャーではない.他の製造業という意味で携帯電話などへの進出も考えられたが,この分野では近郊都市であるサロに負けてしまう.そこで,サロ・トゥルクという一つの経済地域を作ろうという動きが出てきた.ヘルシンキとは別にサロ・トゥルクという経済地域を作って,サロと経済協力や技術開発の協力などが進められている.
ここまでの各地でのインタビューでの発見として,日本との違いの一点が見えてきた.それは大学の修士・博士を中心に研究者として育成し,彼らがリサーチパークやサイエンスパークに所属していくという状態である.かつそれらの人々がスピンオフする場合もあり,その中に地域の産業も入ってくれば,それを機能させるためのナショナルプロジェクト,リージョンプロジェクト,ローカル企業のプロジェクトといった十重二十重のバックアップシステムがある.
トゥルクに限らず,スピンアウト企業の起業者は,10分・5分で会社ができると強調する.企業をつくろうとすると法律的な手続きなどが発生してくるが,それをカバーする,ケアするサービスシステムがあるのだ.
TADセンターでも法律的なことも含め,ここに一回くれば会社を始めるのに必要な情報は全てそろう.あとは書類にサインをすれば企業を始めることができるようになっている.
また同じくトゥルクの地域機関であるPOTKURIでもインタビューを行った.POTKURIは日本で言うところのハローワークにあたる政府機関であるが,第三の役割として,起業家支援も行っている.POTKURIは現在,ICTとバイオ分野における雇用環境向上を目指すために,High
tech Wayと呼ばれるプロジェクトを行っている.
現在はICTセクターやバイオセクターでは失業が発生するような労働力の過剰供給の状態であるが,将来的には,質の高い科学者への需要は拡大していくはずであるとの予測に基づいて如何にして専門的な能力を持った人材を確保するかという問題に取り組んでいるとのことであった.
これらの分野においては労働力過剰の状態にあり,POTKURIは確かに現在は職業安定所としての役割が大きいが,本来のアイデアは,将来,企業が適切な人材を見つけることができないような状態が生まれるのを回避することであると述べている.これは,失業率は高い水準にあるのだが,企業は特定の(狭い分野の)専門家を確保したいと考えている場合が多いためで,このような専門家をどのようにしてトゥルクに呼び込むかというのが課題なのだという.
しかし,海外からの企業誘致に伴うリクルート活動支援は事例としても少なく,あまり活発ではないという.
そもそもフィンランドはアメリカのようにサラリーが高いわけではないので,それ以外にアトラクティブな「何か」を被雇用者(例えば外国籍の専門家)に提供する必要があると同時に,高等教育を受けていない人々に対しても仕事を与えていく必要があるのも事実だ.外国から多くの労働力を呼び込むことについては当然,議論も大きい.
質の高い教育を受けたものでなければ仕事に就けない.しかし,外国から質の高い教育を受けた人を呼び込めば,その人が新たな仕事を創出できるだろう.失業率が高いのに外国人労働者に職を与えるという過渡的な情況が将来的には国内での労働への需要を高めるという難しい時期にあるといえる.
トゥルク大学
次に,トゥルク・サイエンスパークの主要なアクターに対するインタビューを順に紹介していく.トゥルク大学での話題はトゥルク大学とトゥルク・サイエンスパークの関係についてであった.大学設立の経緯,サイエンスパークの意味,TLOにおける課題などについての議論も行った.
トゥルクでは1917年にスウェーデン系のオーボ大学が設立,1920年にフィンランド系のトゥルク大学が開学した.当時はスウェーデン系は富裕層が多く,フィンランド系は比較的貧しい人が多かったため,トゥルク大学の最初のタスクはフィンランド語を話す公務員を養成することにあった.このような認識があったため,トゥルク大学にとっては積極的に地域開発に尽くすという発想は,気乗りのしないものとなっていた.トゥルク大学は国のために尽くすのが最重要タスクだと考えられていたからである.
1980年代後半からは地域における他者との協力関係は拡大していった.
現在,トゥルク大学には18000人の学生と2800人のスタッフがおり,6つの学部があるが,技術系の学部と経済経営系の学部は無い(ICTの学科はあるが,学部ではない).この状況を補うため,技術系の学部を擁するオーボ大学と経済経営系のトゥルク経済大学と緊密なコラボレーションを保っている.
トゥルク大学にとってのサイエンスパーク.についてであるが,トゥルクのサイエンスパークは3つの大学のテクノロジーセンター,ハイテク企業,サービス企業,ポリテクニークと大学病院が構築するネットワークである.その目的は,協働し,シナジーを利用して付加価値を創出することにある.
また,トゥルクサイエンスパークの強みは「歩いていける距離」に様々な資源が集まっていることである.これはサイエンスパークの中で働く人々が,頻繁に顔をあわせる機会を持っているということである.意図の有無,公式非公式を問わず,face-to-faceのコンタクトの機会を確保することはおそらくどのような戦略よりも重要であろう.なぜなら良いアイデアというものは,往々にしてことなるバックグラウンドを持つ人同士がインフォーマルな議論を行うことで生まれてくるからだ.
大学のメインタスクは基礎研究と研究者教育,そして基礎研究と深く結びついた応用研究がある.しかし,大学法によってフィンランドの大学はパテントやライセンスを直接扱うことができない.
市がメインオーナーであるサイエンスパークは製品開発やインキュベーターシステム,アクセレレイターシステムを通じて企業との協力を取りまとめる役割を果たしている.
しかしここに初期段階の技術の移転に関して重大な問題がある.昔は大学が所有するTLO企業があったが,それは倒産してしまった.現在はTLOは複数の民間企業によって行われているが,初期段階の技術で利益を生むのは大変困難だ.多くの場合,公的なファンディングが必要となってくる.民間企業がこのようなTLOサービスに取り組むのは良いことであると思うが,これらの企業が,TLOを効果的に実現するためには「公的資源からサポートを得る能力」が求められる.
フィンランドの人々はTLOにおける公的サポートの重要性を十分に理解しているが,大学もTEKESもSITRAもその責任を負いたがらない.これがフィンランドのTLOシステム弱点だといえる.
このTLOの困難さという点について,具体的にはどのような難しさがあるのかという質問に対しては,フィンランドにおける一般的なTLOのステップからみた説明を受けた.
第一段階として,大学で生み出されたアイデア・技術は多くの場合フィンランドにおける特許となるが,これは費用も手続きもそれほど困難ではないので実現は容易である.しかし,その特許が国際的に有効に保護される期間は1年間であり,それ以降の保護にかかる費用はその科学者自身が負担しなければならないので,実際は機能しないということになる.
だから迅速に,TLO企業がアイデア・技術を評価し,リスクをとるかどうかを判断しなければならないのだが,TLO企業は小さすぎてリスクを引き受けるだけの体力が無い.また,それぞれの領域での専門家の数も不十分である.これについてHarri
Lonnberg氏は,「個人的には国が強力なTLO企業を作り,公的資金も投入すべきだと思う」と述べている.
また,地域との関係についてであるが,大学は国外との協力関係と地域との協力関係を同時に推進していくのは難しいと指摘しつつも,両立させることも可能であり,研究と教育の両方で国際的に認知されるようなレベルになるための努力は惜しむべきではないと述べている.
今日ではローカル企業であっても利益を得るにはグローバルな視野を持つ必要がある.そのため,企業が海外の市場を志向するのであれば,それに協力する大学がまず国際競争力を持っていなければならない.地域に眼を向けすぎると大学は国際競争力を失ってしまうし,地域に眼を向けなさすぎるのもマイナス要因となる.しかし,この点が近年の科学政策ではあまり理解されていないようで,地域か国際化かのどちらかに偏りがちであったと指摘している.
また,今日的な意義のある新たな基礎研究のヒントを得るための場としても地域との協力は重要であり,地域との協力が直接的・間接的にファンドの獲得の機会を増やしていることも理解すべきだとも述べている.